冤罪を生む減刑の誘惑

 罪を認めない犯罪者の刑罰は重くして、罪を認めて反省している犯罪者の刑罰は軽くしても良い。そう思ってしまう人は多いのではないだろうか?
 しかし、その考え方は冤罪を生む一因かもしれない。それを数学的に確認してみた。

 実際に裁判の判決でも、被告人が罪を認めて深く反省し、再犯を防止する対策を具体的に決めているような場合は、量刑が軽くなるらしい。また、取り調べの段階でも、罪を認めれば釈放するが、認めなければ取り調べを継続することがあるらしい。取り調べの時間も刑罰のようなものなので、同様に考えて良いだろう。

 さて、数学的に考えるために、次の問題を解く。

容疑者Aが検察に司法取引を持ち掛けられた。罪を認めなければ懲役x年だが、罪を認めれば減刑して懲役y年(y<x)になる。しかし、冤罪なのでAは罪を認めたくない。罪を認めれば無罪になる確率は0に近く、罪を認めなければ無罪になる確率はpである。
Aは罪を認めるべきか、否か?
罪を認めない方が良くなるためには、無罪になる確率pがどのくらい必要か?

 この問題を解くには、罪を認めた場合と認めない場合の刑期の期待値を比較すると良い。この場合の「期待値」とは数学的な期待値であって、実際には無罪になる確率pによって刑期が変わることはない。数学的には「期待」値と大きい方が良さそうなイメージであるが、実際に期待するのは刑期が短くなること、「期待値」が小さくなることである。

 罪を認めない場合の刑期の期待値\(\displaystyle E_{x}\)と罪を認めた場合の刑期の期待値\(\displaystyle E_{y}\)は次のようになる。

\(\begin{cases}
E_{x} =p\times 0+(1-p) \times x=(1-p) \times x\cdots(1)\\
E_{y} =1\times y=y\cdots(2)
\end{cases}\)

 数学的には、罪を認めない場合の刑期の期待値\(\displaystyle E_{x}\)が罪を認めた場合の刑期の期待値\(\displaystyle E_{y}\)よりも大きい場合は罪を認めた方が良いことになる。

 罪を認めない場合の刑期xが懲役1年、懲役5年、懲役10年、懲役20年の場合の刑期の期待値\(\displaystyle E_{x}\)(1)を無罪になる確率pの関数としてグラフにすると次のようになる。

 確実に無罪になる場合(p=1)の場合の刑期の期待値は0年で、確実に有罪になる場合(p=0)の場合の刑期の期待値\(\displaystyle E_{x}\)はx年である。他はグラフの通りである。

 さて、罪を認めない場合の刑期が懲役10年(x=10)で、罪を認めたら刑期が懲役8年(y=8)に減刑されるとする。罪を認めずに無罪になる確率が2割(p=0.2)の場合、刑期の期待値は8年(\(\displaystyle E_{x}\)=8)である。無罪になる確率が2割よりも高い(p>0.2)場合は、刑期の期待値は8年よりも小さく(\(\displaystyle E_{x}\)<8)、罪を認めた場合の刑期8年(y=8)よりも小さいので、罪を認めない方が良い。逆に、無罪になる確率が2割よりも低い(p<0.2)場合は、刑期の期待値は8年よりも大きく(\(\displaystyle E_{x}\)>8)、罪を認めた場合の刑期8年(y=8)よりも大きいので、罪を認めた方が良さそうである。冤罪なのに…

 同様に、罪を認めない場合の刑期が懲役20年(x=20)で、罪を認めたら刑期が懲役8年(y=8)に減刑されるとすると、無罪になる確率が6割よりも低い(p<0.6)場合は、罪を認めた方が良さそうである。
 罪を認めない場合の刑期が懲役20年(x=20)で、罪を認めたら刑期が懲役4年(y=4)に大幅に減刑されるとすると、無罪になる確率が8割よりも低い(p<0.8)場合は、罪を認めた方が良さそうである。
 さらに、罪を認めずに無罪になる確率が約0割(p≒0)でほぼ有罪になりそうな場合、罪を認めることでほんのちょっとでも減刑されるのなら、罪を認めた方が良いことになる。冤罪でも…

 このように、数学的には、罪を認めることで減刑されるなら、冤罪であっても罪を認めた方が良い場合があるという結論になる。実際、そのような認識で弁護している人もいるかもしれない。それで良いのだろうか?
 罪を認めることで刑罰が軽くなるという現実は無くならないかもしれない。罪を認めて反省している被告人に対して「刑を軽くしてあげて」と思う気持ちは無くせないかもしれない。しかし、少なくとも私たちは、容疑者が逮捕されて容疑者が否認しているというニュースを見た場合に、「罪を認めろよ!」などと思わない方が良い。冤罪の可能性を常に考慮する必要がある

 ところで、人質司法と呼ばれている「否認供述や黙秘している被疑者や被告人を長期間拘留する(人質にする)ことで自白等を強要する」行為に関しては、すぐにやめなければいけない。罪を認めた人が釈放されるのなら、罪を認めてない人も同じ期間で釈放しなければいけない。拘留されているのは刑罰と同じような苦痛である。冤罪でも、罪を認めることで釈放されて苦痛から解放されるのなら、それを選択することは数学的に合理的なことであり、頻繁に起こることだと思われる。そんな冤罪を生む行為は、すぐにやめなければいけない。

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