「最低賃金」というルールを壊した働き方を認めるべきか?

 2022/8/7 の11:00~のラジオ番組「ロコラバ」で「しごとの間借りプロジェクト」が紹介されてた。

2022/8/7 11:35 のロコラバ(毎週日曜日11:00~12:55 全国のコミュニティFMで生放送)のツイート

 どうやら、最低賃金を支払うのなら最低賃金並みの仕事をしてくれないと困るので未経験者ではなく経験者を募集することになり、未経験者が経験者になりにくい状態にあるので、未経験者を集めて仕事をしてもらって最低賃金を支払うのではなく利益を分配することにして、未経験者に経験者になってもらって経験者として他でも仕事ができるようにする仕組みらしい。
 聴いて最初に思ったのは「これは最低賃金以下で働かせることができる仕組みだ」ということだった。詳しい情報が無いかネットで検索したら、見つかった。

「しごとの間借りプロジェクト」は、飲食店の空いている時間帯を間借りし、専門家のサポートを受けながら「アルバイトとボランティアのあいだ」という独自のワークシェア制度(※)で飲食店を運営するプロジェクト。場所を間借りするように、「しごとを間借り」する。普段とは違った世界で働き暮らす自分を試し、働き始めるきっかけをつくります。
■プロジェクトの特徴
① ワークシェアで一人ひとりの業務負担少なく
休職中・離職中の方が段階的に就労のステップを踏んでいけるように、業務をシェアし一人ひとりの報酬は少なくなる代わりに業務負担が減る、独自のワークシェア制度を導入します。
② 仲間と対話しながら、働き方を考える就労支援プログラム
参加者は、自分に合った働き方や暮らしについて探求する対話プログラムも並行して受講します。プログラムにはカウンセラーや公認心理師が伴走し、必要に応じたサポートを行います。
③ プロの料理研究家がメニュー開発からサポート
販売するメニューは料理研究家の立ち会いのもとレシピ開発から取り組みます。夏のオープンへ向けて、台湾かき氷専門店、バターカレー専門店を間借りでオープンさせます。

(※)ワークシェア制度について
雇用契約ではなく、業務委託契約を結び店舗運営を委託します。参加者には時給ではなく、売上の一部を分配する報酬制度を導入。アルバイトよりも手取りは減りますが、数人で業務をシェアすることで負担を減らし、自分達のペースに合わせて無理せず働くことを目的としています。アルバイトでは無いからこそ余白を作れ、ボランティアで無いからこそ適度な責任感が生まれる。プロジェクトでは、このワークシェア制度を「アルバイトとボランティアのあいだ」と呼んでいます。
参加者は業務中の怪我に備えた傷害保険に加入します。

空き店舗を活用し、休職者・離職者が働くきっかけをつくる「しごとの間借りプロジェクト」が6月15日からスタート|一般社団法人NIMO ALCAMOのプレスリリース

 「アルバイトとボランティアのあいだ」がキャッチフレーズのようになってる。「プログラムにはカウンセラーや公認心理師が伴走」「料理研究家の立ち会い」と書いてあるが、そのカウンセラーや公認心理士や料理研究家には最低賃金以上の仕事相当の賃金、あるいは報酬が支払われるのだろう。独自のワークシェア制度について「雇用契約ではなく、業務委託契約」と書いてあるので、参加者、すなわち働いている人に対して雇用主としての責任は無いのだろう。参会者が最低賃金を求めても、雇用主ではないことを理由に支払いを拒めるのだろう。そして、その賃金については「参加者には時給ではなく、売上の一部を分配する報酬制度を導入」と書いてある。「売上の一部」が低ければ、最低賃金以下になることが確実である。

昨年の12月に、うちの店の空いている時間に間借りで芋煮屋がオープンした。
一つのしごとを数人でシェアすることで未経験者が働くことのハードルを下げる、時給制ではなく「利益分配制」の働き方の実験だった。
それを「アルバイトとボランティアのあいだ」と呼んだのだけど、3人の若者がその実験的な働き方に手を挙げてくれた。
(中略)
雇用という働き方だけに縛られず、必要に応じて自由度の高い働き方を世の中に用意してみる。何かのルールを壊してみると、そこにハードルを感じていた人たちが生きやすくなるはずだと信じて。
今回つくったのは、「最低賃金」というルールを壊した働き方だ。労働者を守るために作られてきた最低賃金というルールは、皮肉にもチャレンジのハードルを高めてしまうことがある。それを壊すことで、新しい選択肢を必要な人に届けられたら嬉しいなと思う。

人生が一度限りだとしても、試すのは何度だってできる。「しごとを間借り」して、小さく働いてみるプロジェクト。|Push|NIMO ALCAMO|note

 「『最低賃金』というルールを壊した働き方」とある。だから、最低賃金以下で働くことができるし、働かせることができる。

 参加者が納得しているのなら、私は反対しない。実際、障害者支援の現場では似たような仕組みがある。障碍者たちは支援施設で下請けのような作業をした時に作業代は受け取るが最低賃金以下である。それは「労働」とみなされないからである。支援者の中には作業代を上げようと工夫していたり、店を開いた所もあったと思うし、ちゃんと雇用して最低賃金を支払っている所もあったような気がする。また、「しごとの間借りプロジェクト」ではカウンセラーや公認心理士が伴走するようだが、障害者支援の現場にも一般企業で働き始めた障碍者に伴走する「ジョブコーチ」という仕組みがあって似ているし、障害者施設内での作業でも福祉の専門職の人たちが伴走している。
 だから働きたくても働かせてもらえる場がなかったり一歩が踏み出さなかったりして働けていない人たちを「支援」する仕組みとしては「しごとの間借りプロジェクト」は良いと思う。問題は、その仕組みが許されるのかということと、悪用されないかということである

 最低賃金法の目的には「労働者の生活の安定」がある。最低賃金以下で働く「しごとの間借りプロジェクト」では生活の安定は難しいだろう。だから、最低賃金法の適用外の仕組みとして「しごとの間借りプロジェクト」を位置づけようとしているのだと思う。「雇用契約ではなく、業務委託契約」としているのが、それだろう。参加者=労働者の「使用者」でなければ、最低賃金を支払う義務がない。プロジェクトの参加者は個人事業主のような位置づけになりそうである。
 ちなみに、他の従業員ほど働けない人のために超短時間だけ決まった仕事だけを任せる仕組みがあったと思う。最低賃金法では「時間によつて定める」とあるので、30分しか働いていなくても1時間分の賃金を支払わなければいけないはずだが、例えば、30分の仕事を2回行うことで1時間分の賃金を支払う感じの工夫があったような気がする。しかし、「しごとの間借りプロジェクト」は1時間働いても1時間分の「最低賃金」は受け取れない仕組みである。
 また、「しごとの間借りプロジェクト」の仕組みが許されれば、同じような「支援」の仕組みを装って最低賃金以下で働かせることができてしまう。それが恐れている悪用の一つである。

(目的)
第一条 この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

(最低賃金額)
第三条 最低賃金額(最低賃金において定める賃金の額をいう。以下同じ。)は、時間によつて定めるものとする。
(最低賃金の効力)
第四条 使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない
 最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、最低賃金と同様の定をしたものとみなす。
 次に掲げる賃金は、前二項に規定する賃金に算入しない。
  一月をこえない期間ごとに支払われる賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
  通常の労働時間又は労働日の賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
  当該最低賃金において算入しないことを定める賃金
 第一項及び第二項の規定は、労働者がその都合により所定労働時間若しくは所定労働日の労働をしなかつた場合又は使用者が正当な理由により労働者に所定労働時間若しくは所定労働日の労働をさせなかつた場合において、労働しなかつた時間又は日に対応する限度で賃金を支払わないことを妨げるものではない。

最低賃金法 | e-Gov法令検索

 私は「賃金は労働の対価」と考えていて「同一労働同一賃金」という考え方に賛成である。正規雇用だろうと非正規雇用だと労働内容が同じなら同じ賃金を支払うべきだと思っているが、労働者は賃金に相応しい労働をしなければいけないと思っている。全力で働いている人とほとんど働いていない人が同じ賃金なのは変だと思っている。また、労働には成果が伴うが、成果をあげる能力の高い人が成果をあげない能力の低い人よりも高い賃金を受け取るのは当然だと思っていて同じ賃金だったら変だと思っている。ただ、「能力が低い」と思われがちな障害者の賃金は低くても仕方ないとは思っていない。能力を発揮できるような環境を用意すれば賃金に相応しい仕事ができるのに、そのような環境を用意してないことが問題だと思っているからである。

 問題は最低賃金法の目的にある「労働者の生活の安定」である。昨今の低所得の労働者が最低賃金を上げるように求めているのは今の賃金では「生活の安定」には不十分だからだろう。今の社会では賃金は生活のためにある。今の最低賃金でも不十分なのに、その最低賃金以下で働くような仕組みでは賛成しにくい。「最低賃金」というルールを壊した働き方を認めるのなら、少なくとも憲法25条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障された状態でなければいけない。その保障は賃金でなくても良い。例えば、高所得者の所得税を上げて(例えば、所得に対して一定の税率を新たに課すと高所得者の方が増税になる)増加分を金銭の形で全ての国民に再分配すれば全ての国民が生活保護法の基準を上回る生活ができるので、そんな制度を作っても良い。
 とにかく、「最低賃金」というルールを壊した働き方を主張するのなら、同時に参加者の生活が安定するような仕組みも用意してほしい。自分で用意できないのなら、国民の生活が確実に安定する制度を作るよう政府に求めてほしい。

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