彼は卒業式の日に、彼女に告白した。彼女は同じクラスの友達で、ずっと好きだった。でも、彼女は別の高校に進学することになっていた。彼はそれを知っていたが、言わなければ後悔すると思った。彼女は驚いた顔をしたが、優しく微笑んで、「ありがとう」と言った。そして、「私もあなたのことが好きだった」と付け加えた。彼は嬉しくて泣きそうになった。二人は手を繋いで校門を出た。
それから二人は遠距離恋愛を始めた。電話やメールで連絡を取り合って、休みの日に会ってデートした。最初は順調だったが、次第に亀裂が生じてきた。彼女は新しい環境で友達や先生と仲良くなって、楽しそうだった。彼はそれを聞いて嫉妬したり寂しくなったりした。自分の高校では何も変わらなかったからだ。彼女は彼の気持ちを察して、申し訳なさそうに謝ったり励ましたりしたが、それがかえって彼を苛立たせることもあった。
一年後の春休みに、二人は別れることになった。理由は特になかった。ただ、お互いに想像している相手と現実の相手が合わなくなってしまっただけだ。別れ際に、彼女は「卒業おめでとう」と言って抱きしめてくれた。彼も「ありがとう」と言って抱き返した。二人は涙も流さず静かに別れた。
彼はその後、大学に進学した。彼女と別れてから、しばらくは恋愛に興味がなかった。でも、大学で新しい出会いがあって、少しずつ心が開いていった。彼は文学部に入って、小説を書くことに夢中になった。彼の小説は卒業式の告白をモチーフにしたものだった。彼は自分の経験をもとに、二人の恋の行方を想像して書いた。彼は自分の小説を彼女に読んでもらいたいと思ったが、連絡先を知らなかった。
四年後の卒業式の日に、彼は奇跡的に彼女と再会した。彼女は同じ大学の別の学部に通っていたことが分かった。偶然にも同じ時間に校門を出ようとして、二人は目が合った。二人は驚いて声をかけあった。久しぶりに話すと、昔の気持ちがよみがえってきた。二人は近くの喫茶店で話し込んだ。彼女は看護師になることを決めていて、病院で働き始めることを話した。彼は小説家を目指していて、出版社からオファーをもらっていることを話した。
そして、彼は勇気を出して、「君に読んでもらいたい小説があるんだ」と言った。「卒業式の告白」というタイトルの小説だと言うと、彼女は驚きながらも興味深そうに聞いてくれた。「私達の話?」と尋ねると、「そうだよ」と答えた。「どうなるんだろう? 私達」と言うと、「それは君次第だよ」と答えた。「読んでみてくれる?」と言うと、「読んでみるよ」と答えてくれた。
二人は手紙やメールでやり取りするようになった。彼女は彼の小説を読んで感想や意見を送ってくれた。彼はそれを参考にして改稿したり追加したりした。最終的に完成した小説では、二人は再び恋人になって幸せな結末を迎えることになっていた。
その小説が出版される日まであと一週間ほど前のことだった。彼女から電話がかかってきて、「会ってほしい人がいる」と言われた。「誰?」と聞くと、「私の婚約者」と言われた。
彼は電話を切った後、しばらく呆然としていた。彼女が婚約者がいると言ったことが信じられなかった。彼は彼女にまだ想いを寄せていたのに、彼女は別の人と結婚するつもりだった。
「なぜ小説を読んでくれたのだろう?」
翌日、彼は指定された場所に向かった。そこは高級レストランだった。店内に入ると、彼女が待っていた。隣にはスーツ姿の男性が座っていた。
「こんにちは」と声をかけると、「やあ」と返事した。
「こちらが私の婚約者です」と彼女は紹介した。
「よろしくお願いします」と男性は笑顔で握手を求めてきた。
「あなたが小説を書いている方ですね」と言った。「私もあなたの小説を読みましたよ」
彼は驚いて「え?」と言っただけだった。
「実は私、あなたの小説を読んで感動したんです」と男性は続けた。「私も卒業式の日に告白したことがあって、その時の気持ちがよく分かりました」
「でも、その相手は私じゃないんですよね?」と彼は思わず口走った。
「そうですね」と男性は苦笑した。「その相手は別れてしまって、それからしばらく恋愛から遠ざかっていました。でも、この子に出会ってから変わりました」
「この子」という言葉で指された彼女は微笑んで頷いた。
「私も同じでした。別れてから何年も経って、忘れられなかった気持ちを抱えていました。でも、この人に出会ってから変わりました」
「どうして?」と彼は聞き返した。
「この人が教えてくれました。過去に囚われることなく前を向くことを。そして、あなた以外の人にも愛されることを?」
「それで?」
「それで私達は結婚することにしました」
「おめでとうございます」と彼は無理やり祝福した。
「ありがとう」と二人は笑顔で答えた。
その後、二人から驚くべき提案がされた。
「実は私だけではありません。他にも卒業式に告白された人がいます」
「え?」
「そうです。私達以外に三人います」
「私達? 三人?」
「私と彼以外に三人が中学校の卒業式の日に告白されました」
「誰ですか?」
「それが分からないんですよね。名前も顔も覚えていません」
「じゃあどうやって知ったんですか?」
「それも驚きなんですけど、あなたの小説に出てくる人物の名前が私達に告白した人の名前と一致しているんです」
「え?」
「本当です。私は山田太郎君に、この人は佐藤花子さんに、他の三人は鈴木一郎君、田中美咲さん、高橋健太君に告白されました」
「それって偶然じゃないですか?」
「そう思いました。でも、あなたの小説を読んでみて分かりました。あなたは私達のことを知っているんですね」
「知っている? どういうことですか?」
「あなたは卒業式の日に私達全員に告白した人物なんですよね」
「…」
彼は言葉を失った。彼女達が言っていることが信じられなかった。彼は卒業式の日に告白した相手は一人だけだと思っていた。それが五人もいたというのだから。
「どうしてそんなことをしたんですか?」と彼女が問い詰めた。
「私…私は…」と彼は口ごもった。
彼は自分のしたことを思い出し、正直に答えた。彼は卒業式の日に、自分が好きだった五人の女の子に一斉に告白したのだ。それは彼なりの最後の賭けだった。誰か一人でも受けてくれればいいと思っていた。でも、その結果は惨憺たるものだった。五人とも断られた上に、その場で笑われてしまったのだ。彼女への告白で「私もあなたのことが好きだった」と言われたことも、その後の遠距離恋愛も、彼の願望が作り出した妄想だった。彼は自分の記憶を改竄していた。
「それで、あなたは私達を小説に書いて復讐しようとしたんですね」と彼女が言った。
「違う…違うんだ…」と彼は必死に否定した。
彼は小説を書くことで、自分の失恋を癒そうとしただけだった。彼は彼女たちのことを悪く書いてやろうとか、そんな気持ちはなかった。むしろ、彼女たちを理想化して書いていたつもりだった。
「でも、あなたの小説では私達はあなただけではなく他の男性とも付き合っていますよね」と彼女が言った。
「それは…それは…」と彼は言葉に詰まった。
確かに、彼の小説では五人は浮気性で不誠実な女性として描かれていた。それは彼が嫉妬心から書いてしまっただけだったが、今思えば失礼なことをしたと反省している。
「あなただけじゃなく他の男性とも付き合ってるっていう設定があるからこそ、この提案が成り立つんですよ」と彼女が言った。
「この提案?」
「そうです。他にも卒業式に告白された人がいますって言ったでしょう?」
「うん…」
「実はその他の人も全員あなただけじゃありませんって言ってきました」
「え?」
「そうです。あなたと同じように五人に告白しました」
彼女は彼に小さな封筒を渡した。
「これを開けてください」
彼は封筒を開けた。中には一枚の紙が入っていた。紙には大きく『卒業式の告白リベンジプラン』と書かれていた。
「これは何ですか?」と彼が聞いた。
「あなたの小説の続きです」と彼女が答えた。
「続き?」
「そうです。私達が書きました」
「私達?」
「そうです。中学校の卒業式の日にあなたに告白された五人です」
「五人?」
「そうです。私達はあなたの小説を読んで、共感しました。あなたの気持ちが分かります。私達も卒業式の日に告白されて、驚いてしまいました。でも、その時はどう返事をすればいいか分からなくて、断ってしまいました。それからずっと、あの人はどうしてるだろうと思っていました。でも、連絡する勇気もありませんでした」
「それで…」
「それで、あなたの小説を読んで、もしかしたら自分に告白したのはあなただったのではないかと思ったんです。だって、あなたも卒業式の日に五人に告白したんですよね? それって偶然じゃありませんよね? 私達も同じことをされましたよね? だから、私達は会って話し合いました。そして、あなたの小説の続きを書くことにしました」
彼は封筒に入っていた手紙を読んだ。そこには次のように書かれていた。
「あなたの小説の続きを書きました。それぞれの視点から、あなたとの関係を振り返りました。そして、あなたに告白したいという気持ちを伝えました。私達はあなたにもう一度チャンスを与えたいと思っています。もし、あなたも私達に興味があるなら、この紙に書かれている日時と場所に来てください。そこで、私達はあなたを待っています。あなたは私達の中から一人を選んでください。その人とだけ話してください。そして、その人に本当の気持ちを伝えてください。もし、断る場合は、話さずに帰ってください。このプランは秘密です。他の人に知られることはありません。これが私達からの卒業式の告白リベンジプランです」
彼は手紙を見つめたまま動けなかった。「これは本当だろうか?」「私はどうすればいいだろうか?」という思いが頭を駆け巡った。「卒業式の日に告白した五人…彼女達が今でも私のことを想ってくれているなんて…」彼は彼女達の顔を思い出した。一番最初に告白したAさんは優しくて笑顔が素敵だった。二番目に告白したBさんはクールで頭が良くてカッコよかった。三番目に告白したCさんは元気で明るくて楽しかった。四番目に告白したDさんはおしゃれでセンスが良くて美しかったル五番目に告白したEさんは穏やかで優雅で上品だった。彼は心臓が高鳴るのを感じた。「どうしよう…どうしよう…」
「どうするつもりですか?」と封筒を渡した彼女が聞いた。
「わからない」と彼が答えた。
「考えてください」と彼女が言った。「期限は明日です」
「明日?」
「そうです。明日午後三時までです」
「それまでに決められますか?」
「決められます」と彼女が言った。「それでは失礼します」
彼女は立ち上がって去って行った。彼女が婚約者だと紹介した男性も彼女を追って去った。
彼はその場に残された。
もう一度、彼は手紙を開いた。
「私たちはあなたのことを諦めません。私たちはあなたのことを愛しています。私たちはあなたと一緒になりたいです。だから、私たちはあなたにもう一度選んでほしいです。この封筒の中には、私たち五人それぞれからの手紙が入っています。それぞれの手紙には、私たちの想いや願いが書かれています。それぞれの手紙には、私たちとデートする方法が書かれています。それぞれの手紙には、私たちと幸せになる方法が書かれています。その中から一通だけ選んでください。そして、その手紙に従ってください。そうすれば、あなたも私たちも幸せになれるはずです」
彼は紙を折りたたんでポケットにしまった。彼は混乱していた。彼は彼女達の気持ちに応えるべきだろうか? それとも、断るべきだろうか? 彼は自分の気持ちを整理しようとした。彼は卒業式の日のことを思い出した。それぞれの告白がどんなに真剣で熱情的だったか。それぞれの告白がどんなに驚きと戸惑いをもたらしたか。そして、それぞれの告白がどんなに傷つけてしまったか。
彼は自分が酷い人間だと思った。彼は彼女達を全て断ってしまったからだ。彼は自分には恋愛感情がないと思っていたからだ。彼は自分には恋愛する資格がないと思っていたからだ。彼は自分の過去を思い出した。幼い頃から両親に虐待されて育ったこと。学校では友達もできずに孤立していたこと。社会では仕事も失敗して辞めさせられてしまったこと。
「私なんか誰からも愛される価値がない…」
そう思って生きてきた彼だったが、突然変わってしまった。五人の美しい女性から一斉に告白されるという奇跡が起こったからだ。「私も愛される価値があるのか…」そう思わせてくれた彼女達だったが、その時の彼はパニックに陥ってしまった。「私なんか誰からも愛される価値がない」そう疑問に感じてしまった彼は、素直に受け入れられなかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
逃げ出してしまった彼は、その後も一度も彼女達と話すことができなかった。
「どうすればよかっただろう…どうすればよかっただろう…」
彼は自分の部屋に閉じこもっていた。彼は手紙を何度も読み返していた。彼は彼女達の気持ちを理解しようとした。彼は彼女達の顔を思い出そうとした。それぞれの告白がどんなに素敵で魅力的だったか。それぞれの告白がどんなに勇気と決意を示していたか。そして、それぞれの告白がどんなに愛してくれていたか。
彼は自分が愚かな人間だと思った。彼は彼女達を全て失ってしまったからだ。彼は自分に恋愛感情があることに気づいてしまったからだ。彼は自分にも恋愛する権利があることに気づいてしまったからだ。彼は自分の未来を思い描いた。幸せな家庭を築くこと。仕事で成功すること。社会で尊敬されること。
「許してください…許してください…」
そう言って泣き続けている彼は、その後も一度も笑顔を見せることができなかった。
「どうすればよかっただろう…どうすればよかっただろう…」
彼はあの日の手紙を読んでいた。
「私たちはあなたのことを諦めません。私たちはあなたのことを愛しています。私たちはあなたと一緒になりたいです。だから、私たちはあなたにもう一度選んでほしいです。この封筒の中には、私たち五人それぞれからの手紙が入っています。それぞれの手紙には、私たちの想いや願いが書かれています。それぞれの手紙には、私たちとデートする方法が書かれています。それぞれの手紙には、私たちと幸せになる方法が書かれています。その中から一通だけ選んでください。そして、その手紙に従ってください。そうすれば、あなたも私たちも幸せになれるはずです」
彼は手紙を一つ選んだ。彼は電話をかけた。彼は待ち合わせ場所に向かった。
「こんにちは」
「こんにちは」
そう言って抱き合う二人は、その後も一度も離れることがなかった。
おわり
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