企業に国民の生活を保障させるのは終わりにしよう

 雇用と社会保障の関係を述べた記事をネットで検索したら「平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える-」を見つけたので、第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ)の「第2節 これまでの日本の社会保障の特徴」から引用する。雇用と社会保障の関係でポイントとなる部分は赤い太文字にした。

(日本の社会保障制度には、国民皆保険制度、企業による雇用保障、子育て・介護における家族責任の重視、小規模で高齢世代中心の社会保障支出といった特徴があった)
 私たちは、社会的なつながりを基盤として日常生活を営んでいる。具体的には、親子、夫婦、きょうだい、親族といった家族の支え合いの中で家庭生活を営み、近所やコミュニティでの人づきあいを通じて地域生活を営み、そして企業等の職場において職業生活を営んでいる。
 第1章でみたように、社会保障制度は、これらの家族、地域、企業による生活の保障を代替あるいは補完する機能を果たすものであるといえる。
 日本では、国民の生活基盤の安定は、右肩上がりの経済成長や低失業率と、それらを背景とした企業の長期雇用慣行(終身雇用を前提とした正規雇用)、地域の雇用維持のための諸施策(公共事業による雇用創出等)など、男性世帯主の勤労所得の確保によるところが大きかった
 そして社会保障は、どちらかと言えばこれを補完する役割を担ってきた。その結果、他の先進諸国と比較すると、社会保障支出は規模の点で小さく、そのために必要となる負担も抑制されてきた。支出面ではっきり増大してきたのは、高齢者人口の増大に伴い、人々が職業生活を退いた後の年金給付や高齢者の医療費等であった。
 また、男性世帯主が仕事に専念する一方で、子育てや介護については、家庭内での家族によるケアへの依存度が高く、特に、専業主婦の奮闘によるところが大きかった。
 このように、日本の社会保障制度には、①国民皆保険・皆年金制度、②企業による雇用保障、③子育て・介護の家族依存(特に女性に対する依存度が高い。)、④小規模で高齢世代向け中心の社会保障支出、といった特徴があったといえる。

平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える- 第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ) 第2節 これまでの日本の社会保障の特徴

(「国民皆保険・皆年金」は日本の社会保障制度の中核である)
 1961(昭和 36)年に実現された「国民皆保険・皆年金」は、全ての国民が公的医療保険や年金による保障を受けられるようにする制度である。この「国民皆保険・皆年金」を中核として、雇用保険、社会福祉、生活保護、介護保険などの諸制度が組み合わさって、日本の社会保障制度は構築されてきた。

平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える- 第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ) 第2節 これまでの日本の社会保障の特徴

(戦後の日本では、企業による雇用保障が大多数の国民の生活を支えてきた)
 戦後の日本では、1960 年代の高度経済成長期に、不足しがちな労働力を確保するため、終身雇用や年功賃金といった長期雇用慣行が定着していった。また、企業は魅力ある職場づくりのために法定外(企業内)の福利厚生を充実させ、こうした中で、労働者の側も企業への帰属意識を強めていった
 このような「日本型雇用システム」は、農林水産業や自営業に従事する人が減少し労働者(被用者)が増加する中で、日本の失業率を、諸外国と比較して低水準に抑えることに貢献するとともに、労働者とその家族の生活の安定や生活水準の向上に大きく寄与し、生活保障の中心的な役割を果たしてきた

平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える- 第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ) 第2節 これまでの日本の社会保障の特徴

(戦後の日本では、性別役割分業の下、専業主婦を中心とした家族が、子育てや介護の中核を担った)
 日本型雇用システムは、右肩上がりの経済成長と低失業率を背景として、会社が従業員に対して長期の安定した雇用を保障する見返りに、従業員は会社に忠誠を尽くすことを求めるものであったとされている。
 このため、男性従業員は、長時間労働や頻繁に行われる転勤など、生活(ライフ)よりも仕事(ワーク)を優先することを余儀なくされた。また、男性が仕事に専念することが可能であったのは、結婚または出産を機に会社を退職して専業主婦となった女性を中心とする家族が、「夫の役割は仕事、妻の役割は家事」という性別による役割分担に基づき、育児や介護などの身内に対するケアに必要な労働を主に担ったからであるといえる。
 また、このような、性別役割分業の下で、女性は、出産・子育て期には就業を中断して、育児や家事に専念するというライフコースのパターンが確立し、女性の就業カーブは、出産・子育て期に最も低い「M 字カーブ」を描くようになった。

平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える- 第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ) 第2節 これまでの日本の社会保障の特徴

(現役世代の生活保障は企業や家庭がその中核を担ったため、政府の社会保障支出は高齢世代を中心に行われ、規模は比較的小さくなっている)
 日本の社会保障支出の内訳は、「国民皆保険・皆年金」を中心とした社会保障の構造を反映して、公的年金や医療保険等の社会保険の占める割合が高くなっている。また、年金支給額の内訳では老後の生活保障である老齢年金が大部分を占め、医療保険では、病気にかかりやすい高齢者への医療給付が大きな割合を占めていることから、社会保障支出は、高齢世代向けの給付の比重が大きくなっている。
 一方、現役世代向けの支出については、企業と家族が現役世代の生活保障の中核を担ってきたことから、家族給付が少なかった結果、その規模は比較的小規模に抑えられている。
 具体的には、日本型雇用システムの下では、企業は不況期になっても従業員を直ちに解雇するのではなく雇用維持を図ろうとするため、失業率は不況期になっても比較的低水準に抑制され、その結果、再就職支援や職業能力開発への公的な支出の規模が小さくなっている。また、家庭が外部のサービスにあまり頼らず、育児や介護に関するニーズを自ら充足してきたため、これらに対する政府の支出が比較的低水準に抑えられている。
 こうしたことから、日本の社会保障の規模全体で見ると、高齢化の影響で高齢世代向けの支出は年々増加しているが、その反面、それ以外の世代に対する支出は、他の先進諸国に比べ、相対的に小さな規模となっている。

平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える- 第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ) 第2節 これまでの日本の社会保障の特徴

(日本型雇用システムの変化などに対応するためには、社会保障の改革が必要である)
 このように、日本の社会保障は、1960 年代の高度経済成長期以降に、右肩上がりの経済成長と低失業率、正規雇用・終身雇用の男性労働者と専業主婦と子どもという核家族モデル、充実した企業の福利厚生、人々がつながりあった地域社会を背景として、国民皆保険・皆年金を中心として形作られ、これまで国民生活を支えてきた
 しかし、とりわけ 1990 年代以降の国内外の社会経済情勢の変化の中で、これまでの社会保障が前提としていた日本の社会の構造は、大きく変化した。特に、日本型雇用システムは、経済のグローバル化、国際競争の激化や産業構造の変化への適応を迫られた結果、給与水準の比較的低い非正規雇用の労働者が労働者全体の 3 分の 1 を超えるなど、企業における就業形態が多様化し、従来のような生活保障機能は低下傾向にある。また、いわゆる性別役割分業の意識が薄れ、女性の社会進出が進む中で、専業主婦が育児や介護を担うというロールモデルは既に限界となっているともいわれている。加えて、少子高齢化の急速な進展に伴い高齢人口が年々増加するため、社会保障支出も急速に拡大している。
 このような社会の変化に対応して、社会保障制度も改革していくことが必要であり、現在、どのように現役世代を支援し、高齢世代を支えていくかについて検討が行われ、「社会保障と税の一体改革」が進められている。

平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える- 第3章 日本の社会保障の仕組み(29~77ページ) 第2節 これまでの日本の社会保障の特徴

 コロナ禍で休業手当が支給されないとか、企業が雇用調整助成金を申請しないとか、たびたびニュースになってる。休業手当は労働基準法第26条の規定で、Wikipediaによると「民法の一般原則が労働者の最低生活保障について不十分である事実に鑑み、強行法規で平均賃金の60%を保障せんとする趣旨の規定」(昭和22年12月15日基発502号の通達)とのことである。要するに、休業手当は労働者の生活を保障するためにあるらしい。休業手当は賃金のような「労働の対価」ではない。
 雇用調整助成金も「経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度」で受給するのは、助成してもらうのは従業員ではなく事業主である。
 どうして休業中の国民の生活を国ではなく事業主が保障する仕組みになっているのか、休業中の従業員がいる時の国の支援も従業員ではなく事業主が対象なのか、そのいびつな構造の起源を知りたくて、ネット検索をしたのだけど、起源は分からなかったけれど、「社会保障制度は、これらの家族、地域、企業による生活の保障を代替あるいは補完する機能を果たすもの」とあるように、国の社会保障制度よりも「企業による生活の保障」が優先される仕組みになっているらしく、それが「日本型雇用システム」で機能してきちゃった(「企業と家族が現役世代の生活保障の中核を担ってきた」)から改善されなかったらしい。
 第2節の終わりに「社会保障の改革が必要である」「企業における就業形態が多様化し、従来のような生活保障機能は低下傾向にある」なんて書いてあるけれど、企業による生活保障を優先する仕組みを改めようとするのではなく、「企業が国民の生活を保障してくれなくなって国の負担が大きくなるから財源が足りない。保障を減らすか税金を増やそう!」という感じである。
 国が国民の生活を保障するのなら財源として税金が必要になるのは仕方がない。その財源の集め方が低所得者の負担にならない仕組みなら問題ないだろう。低所得者にとって一時的に増税になっても所得の再分配で負担以上の額が戻ってくるのなら問題ないだろう。だから社会保障と税を一体で考えるのは悪くはない。ただ、根本的な改革が必要である。「社会保障制度は、家族、地域、企業による生活の保障を代替あるいは補完する機能を果たすもの」という根本の所を改めないといけない。少なくとも「企業による生活の保障」を優先するのだけは改めた方が良い。「事業主は従業員に労働の対価を支払う」という根本に忠実に従い、従業員(国民など)の生活を保障するのは国の役割にするべきである。
 国民の生活(健康で文化的な最低限度の生活)が国によって確実に保障されていれば、休業手当は必要ない。休業手当の一部を保障する雇用調整助成金も必要ない。休業手当を求める交渉も裁判も必要ない。
 休業手当に限らず、国民の生活(健康で文化的な最低限度の生活)が国によって確実に保障されていれば、労働環境の悪い職場に固執する必要もなくなり退職しても安心。賃金が低かったり職場環境の悪い企業から従業員が次々に退職すれば、企業は賃金を上げたり職場環境を良くするしかなく、それができなければ倒産しても仕方がない。そうやって淘汰が進み、労働環境の悪い企業が減る。そんな日本になってほしい。

 何か書き足りないような気がするけれど、とにかく、企業に国民の生活を保障させるのは終わりにして、国民の生活は国が確実に保障する仕組みを作った方が良い。


 書き忘れたことを思い出した。まずは思い出すきっかけとなった記事から引用。

そもそも、最低賃金は、「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない

日本弁護士連合会:低賃金労働者の生活を支え地域経済を活性化させるために、最低賃金額の引上げと全国一律最低賃金制度の実施を求める会長声明

 企業が従業員の生活を保障しようとする法的根拠は何かと探していた時に、労働基準法第1条を見つけた。

(労働条件の原則)
第一条 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない
 この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

労働基準法 | e-Gov法令検索

 労働基準法第1条の「労働条件」には賃金も含まれるはず。だから、賃金は「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきもの」、「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な額を下回ってはいけなくて、休業手当も「労働者が人たるに値する生活を営むため」に必要なのだろう。
 企業に国民の生活を保障させるのを終わりにした場合、労働基準法第1条はどのような文言にしたら良いのだろう? 労働の対価として相応しい賃金でなければいけないし、労働者の健康を損なうようなことも許されない。そんなことが分かる第1条が良い。

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