1 詩集 2 目次 君に贈る僕の詩 11 夢 14 似顔絵描き 17 日曜 20 僕が辞めた理由 23 繰り返し 24 あなたは私を愛してない 26 風のように 30 愛する君へ 34 もう一人の私 37 3 ねえ、ママ 39 私が私であるために 43 砂丘 46 湖畔 48 距離 50 ピアノ 52 湖 54 バスセンター 56 雨 60 顔 61 沖縄航路 64 4 ひとりぼっち 67 眠り 70 影 72 見て 75 春の景色 78 ある一日 80 本来の私 83 百合の花 87 壺の中 90 もしも僕が死んだなら 93 どこにいるの? 96 5 思い出 99 二千年 105 消える歌声 110 黒い翼 112 無罪 117 コンサートホール 122 シャボン玉 125 境界線 127 肉塊 131 赤い雨 136 氷坂 139 6 止まった時間 142 針の雨 145 不純物 148 衝動 150 待ってます 152 春の道 156 電話 159 先生 163 クローン 166 前線通過 167 愛の言葉 169 7 欲望を眠らせて 172 深夜の化粧 177 深夜の猫達 179 深夜の誕生 181 水葬 183 錆びた風鈴 186 女王蜂 188 ママの涙 191 通夜 193 賞味期限 195 氷の勇気 198 8 魂の無い言葉 200 御主人様とお人形たち 202 晴れた秋の一日 205 ガラスの油膜 208 埃の煌めき 210 整えられた庭 213 除夜の鐘 216 千羽鶴 219 完全な闇 222 少年と枯木 226 闇に溶ける 229 9 蜘蛛の糸 234 老いた歌手の特別な歌 238 裸の金木犀 241 神経衰弱 244 完全な自由 247 餌を捜して土を掘る 252 小石の塔 256 箱の中の観音様 260 上善如水、溢人如水 263 正義 268 昼寝と親心 270 10 ごめんなさい 271 11 君に贈る僕の詩 僕の心が見えますか? 僕の涙が見えますか? 僕の笑顔が見えますか? 僕の全てが見えますか? 君の心を見つめたい 君の涙を見つめたい 君の笑顔を見つめたい 君の全てを見つめたい 12 僕の心は君のため 僕の涙は君のため 僕の笑顔は君のため 僕の全ては君のため 君の心は誰のため? 君の涙は誰のため? 君の笑顔は誰のため? 君の全ては誰のため? 僕の心を詩にして 愛する君に贈りたい 13 僕の涙を詩にして 愛する君に贈りたい 僕の笑顔を詩にして 愛する君に贈りたい 僕の全てを詩にして 愛する君に贈りたい (一九八四~一九九六) 14 夢 夢を見たんだ とっても奇妙な夢なんだ とっても悲しい夢なんだ 子供がひとり 暗闇の中、泣いていた ひざを抱えて泣いていた 僕は後ろで 泣きやまぬ子を見つめてた 声かけられず、見つめてた 15 なぜ泣いてるの なぜ悲しいの 涙の理由は なぜ君は… 僕もいつしか 涙流して泣いていた 子供見つめて泣いていた なぜ泣いてるの 16 なぜ悲しいの 涙の理由は なぜ君は… (一九八四~一九九六) 17 似顔絵描き 道に座ってる絵描き屋さん 僕の似顔絵、描いてくれ 幸せ顔しか描けないよ 幸せ見つけてまたおいで 幸せ描きの絵描き屋さん 似顔絵、今日も描いている 一年ぶりだね、絵描き屋さん 僕は金持ち、描いてくれ 幸せ顔しか描けないよ 18 幸せ見つけてまたおいで 幸せ描きの絵描き屋さん 幸せだけを描いている まだいたんだね、絵描き屋さん 今度の僕は一文無し 幸せ顔しか描けないよ もうすぐ幸せ、待ちなさい 幸せ描きの絵描き屋さん 幸せ顔を待っている 19 優しい友達、絵描き屋さん 愛する人を見つけたよ ふたりでそこに座っとくれ 君たちふたりを描かせてよ 幸せ描きの絵描き屋さん 今日も笑顔を描いている (一九八四~一九九六) 20 日曜 今日は日曜、天気は快晴 外に散歩に出かけよう 扉を開けた僕の後ろで 汚れた服たち、しゃべりだす “ぼくらを洗濯してくれよ” 今日は日曜、天気は快晴 外に散歩に出かけよう 洗濯終えた僕の後ろで 汚れた食器がしゃべりだす 21 “ぼくらもきれいにしてくれよ” 今日は日曜、天気は快晴 外に散歩に出かけよう 食器を洗った僕の後ろで 今度も何かがしゃべりだす “お部屋のお掃除、終わったの” 今日は日曜、天気は快晴 外に散歩に出かけよう 22 今日は日曜、天気は快晴 外は真っ暗、星が出た 夜空見上げた僕の後ろで ノートまでもがしゃべりだす。 “お仕事、締め切り、明日だよ” 今日は日曜、天気は快晴 今は真夜中、また明日 (一九八四~一九九六) 23 僕が辞めた理由 辞める理由はいっぱい有って 辞めない理由もいっぱい有って どちらの理由ももっともで けれども僕はひとりだし どちらかひとつを選ぶだけ (一九八四~一九九六) 24 繰り返し 止まらぬ車を止めようとして 止まらぬ車を飛び降りて 止まらぬ車を見守って 止まらぬ車にひき殺される どうにかなんとか生き延びて 止まらぬ車がまた一台 止まらぬ車を見守った 今度は遠くで見守った そして また 25 止まらぬ車にひき殺される 止まらぬ車に乗り込んで 私に何が出来るのか? 止まらぬ車は走り続ける 道をはずれて走り続ける 一九九八年二月二十五日 26 あなたは私を愛してない 夜中に目覚めて あなたは私を愛していると言った 違う あなたは私を愛していたんじゃない あなたが愛していたのは 私の姿 だから あなたは私から去った 私が醜くなった あの時に あなたは私を愛していると言った 違う あなたは私を愛していたんじゃない あなたが愛していたのは 私の純潔 27 だから あなたは私から去った 私が犯された あの時に あなたは私を愛していると言った 違う あなたは私を愛していたんじゃない あなたが愛していたのは 私の従順 だから あなたは私から去った 私が逆らった あの時に あなたは私を愛しているという 違う あなたは私を愛しているんじゃない 28 あなたが愛しているのは私の歌 だから あなたは私から去る 私が歌えなくなった その時に 一九九八年十二月十四日 29 You don't love me. You said to me, "I love you." But you didn't love me. You loved my features. So, you left me when my features left me. You said to me, "I love you." But you didn't love me. You loved my chastity. So, you left me when my chastity left me. You said to me, "I love you." But you didn't love me. You loved my meekness. So, you left me when my meekness left me. You say to me, "I love you." No, you don't love me. You love my song. So, you will leave me when my song will leave me. 1998/12/14 30 風のように どこに向かうのか? たどり着けるのか? どこにも向かわない たどり着く気もない ただ走りつづけるだけ 流れつづけるだけ 風のように 風の吹くように 通勤電車 いつしか周りは物ばかり 渋滞の道 前に見えるのは障害物 いつもと変わらぬ風景 繰り返される景色 いつまで続く? そんな毎日 リュックに下着をつめ込んで 31 午前十時の電車に乗って 後はお金の続くまで 変えてみようよ 日常を 朝礼 挨拶 いつしか頭は洗脳されて 愛社精神 周りにいるのは戦友たち いつもと変わらぬ机 繰り返される業務 いつまでも続く こんな毎日 バッグに下着をつめ込んで バッグを愛車につみ込んで 後はエンジンふかすだけ 32 変えてみようよ 日常を 昇級試験 いつしかそんな歳になり 昇進争い 同期の友が敵になる 優しい上司も変わりはて 無能な部下が邪魔になる 無能な部下は耐え続け 日常を変えるすべを知らない 有能である自分を知らない リュックに下着をつめ込んで リュックを篭に押し込んで 後はペダルをこぐだけで 変わり始める 日常が 33 必要なものだけつめ込んで 必要なものだけ背負い込んで 自分の意志で歩くなら きっと… どこに向かうのか? たどり着けるのか? どこにも向かわない たどり着く気もない ただ走りつづけるだけ 流れつづけるだけ 風のように 風の吹くように 一九九九年四月十七日 34 愛する君へ 遠くで手を振る君 君の笑顔が輝いて見えた 可憐なその姿は どんな花より美しく見えた 僕の心は締めつけられて 涙堪えて手を振った 決して縮まることのない 君との距離感じてた 君の笑顔が見れるから いつも向かい合って座ってた 君がうつむいたりするから 僕は下から見上げてた たわいないおしゃべり こどもだと思ってた 無邪気に話す君 悪魔の影が見えた 35 ある日おしゃれをした君を見かけた 僕の知らない男の子と話してた 僕の胸は高鳴り 寂しさが僕を包み込んだ 君の温もり感じたいから 君の隣に座りたくなる 君がうつむいたりするから そっと唇重ねたくなる 君からの手紙 元気でいると書かれてた 「私も少しは変わったよ」と書かれてた 3年前の君 心の中で成長してた あの時よりもずっと 素敵になってた 36 遠くで手を振る君 君の笑顔が輝いて見えた 可憐なその姿は どんな花より美しく見えた 僕の心は締めつけられて 涙堪えて手を振った 決して縮まることのない 君との距離感じてた 駆け寄りたい気持ちを押さえて手を振り続けた 抱き締めたい気持ちを押さえて手を振り続けた 一九九九年四月二十八日 37 もう一人の私 眠れぬ夜 車走らせ かつて過した あの街に着く 消えかかった街灯 静けさが包む かすかに聞こえるうめき声 私の足は声の方へと 歩きなれた道 ただ一人歩く 病院の先 右に折れ 彼女と暮らした あの家を見る 割れた窓ガラス 風が抜ける 家の前の道 黒い影が揺れる 38 私の目は影の主へと 両手に顔を埋め 震える肩 窓を見上げた男が振り向き 私の心は凍りつく 彼は私 もう一人の私 いつからそこに居たのか 彼の中で私の中で止まった時間 抜けられぬ迷路 悩み続けて 決めたことなのに… 一九九九年五月四日 39 ねえ、ママ ママ、ねえどうしてあんな奴、好きになったの? 酔っぱらいで乱暴者で、馬鹿でろくでなしの。 私も、何度も殴られたの。 乱暴されたこともあったの。 ママ、泣いてたじゃない。私も何度も泣いた。 あんな奴、許せない。 あんな奴、殺してやりたい。 でも、ママ、あいつが好きなんでしょ。 離れられないんでしょ。 今、ママの気持ちが分かる気がする。 40 私も、あいつのような男、好きになった。 彼から離れられないの。 ママ、ねえどうしてあんな奴、好きになったの? 酔っぱらいで乱暴者で、馬鹿でろくでなしの。 僕は何度も闘ったよ。 ママを守るために闘ったよ。 ママ、泣いてたから。ママのこと好きだから。 あんな奴、許せない。 あんな奴、殺してやりたい。 でも、ママ、あいつが好きなんでしょ。 41 離れられないんでしょ。 今、ママに似ている彼女ができた。 僕も、あいつのような男になった。 彼女は離れていかない。 なんで、こうなる。なんで、繰り返す。 子から孫へと永遠に。 DNAのせいじゃない。 社会が悪いわけじゃない。 不幸は続く、繰り返す。 不幸は続く、永遠に。 42 断ち切らないなら、永遠に。 永遠に。 一九九九年五月四日 43 私が私であるために 心臓移植のニュースが流れる。 提供者は脳死だと言う。 また世間が騒ぎ出す。 「彼は本当に死んだのか?」と。 「脳死は人の死なのか?」と。 昔、一人の旅人が、空家で一夜を明かしてた。 一人の僧侶がやってきて、彼が言うことには、 「この手をあげよう」 神の力か、仏の御加護か、新しい手は最高だった。 44 次の晩にも旅人は、空家で一夜を明かしてた。 昨日の僧侶がやってきて、彼が言うことには、 「この足あげよう」 神の力か、仏の御加護か、もらった足は最高だった。 次の晩も、次の晩も、僧侶は何度もやってきた。 その度、僧侶は何かをくれた。 いつの間にか、旅人は、すっかり新しい身体になった。 我に返った旅人は、自分自身に問いかけた。 「私は私?」 45 夜がくるまで旅人は、一日中悩み続けた。 その晩僧侶がやってきて、彼が言うことには、 「この身体を見よ」 目の前に立っている僧侶は、 かつての旅人の姿をしてた。 人が人である為に、必要なものは何なのか、 お前ら、考えたことがあるのか? 必要なものが消えた時、人は人でなくなることを、 お前ら、理解できない馬鹿か? 一九九九年五月四日 46 砂丘 ひとり丘の上に座り 彼は海を見ていた 彼の周りでじゃれあう男と女 楽しげな親子達 時が彼の周りで流れ 彼はただ海を見ていた 彼は何を思うのか 彼には何が見えるのか やがて海に光の帯が現れて 彼は静かに立ちあがる 彼は歩き出す 誰もいない西の方へと 彼の前には砂漠が広がり 風の流れた跡が広がり 彼が歩いた足跡が 一つづつ新しく作られる 右手にサンダル持つ彼の 影だけがやたらと長く 47 遠くで笑う奴がいる 「彼は帰らぬつもりだ」と やがて彼は砂の丘に呑み込まれ ただ足跡が残された この足跡も消えるだろう 時が流れ 風が流れ あの丘は今日も削られ 砂煙が舞いあがる 風の跡を残しつつ 砂は海へと旅に出る 住みなれたこの地を離れ 風に乗り舞いあがる 一九九九年五月七日 48 湖畔 湖のほとり 膝を抱えて 君は何かを見つめてた 夕日の美しいその湖も 今は闇に覆われて 街の明かりを映し出し 微かに見える白い波 心に響く波の音 同じリズムを刻んでる 君の後ろ姿は どこか寂しげで 声かけられず 見つめてた 君の心を見つめようと 後ろ姿を見つめてた ふと君が振り返り 僕に向かって微笑みかけた 49 そんな気がしたのだけれど… 一九九九年五月十三日 50 距離 君は誰も近づけず ひとり凍えている 近づく者は君の刺で傷つき 君は近づく者の刺で傷つけられる 僕が君を暖めてあげよう 刺のついた鎧を脱ぎ捨てて 今 君の傍に行くよ 君の刺は僕の皮膚を刺し 僕の肉を刺し やがて僕の心臓を刺すだろう 僕の血は枯れ果てて 青ざめた身体に赤い化粧をするだろう 51 でも 止まりはしない 君を暖めることができるまで 今 君の傍に行くよ 一九九九年五月二十六日 52 ピアノ ピアノの音が聞こえる 僕の心を癒すように ピアノの音が聞こえる 僕を眠りに誘うように 疲れた身体を引きずって やっとたどり着いた この日溜り しばらくこのままでいよう ピアノの音を聞きながら 優しい光を浴びながら 53 上手とは言えない そのピアノ 僕には最高の贈り物 有名なピアニスト 誰だっけ? 今の僕には関係ない 芝生に寝転び 暖かい日を浴び 穏やかな風に乗り聞こえてくる 微かなそのピアノのメロディ もう少しこのままで… 一九九九年六月十五日 54 湖 白い霧に包まれて 何も見えない 何も 鏡のようだったあの頃 山も空も映してた 風が吹き 波が立っても 青く青く輝いていた 自分を見つめることなど 必要なかった 他人のすることをまねして 他人のすることに逆らい それだけでよかった 今 白い霧に包まれて 何も見えない 何も 自分の心はどこにあるのか 他人の心はどこにあるのか 動きがとれずに立ち尽くす 55 さあ 霧が晴れるまで 湖に飛び込んで 水の冷たさ感じて 水の温もり感じて 湖の中に生きるもの 探し始める やがて光が射し込むだろう 地上に出る時が来るまで… 一九九九年六月十五日 56 バスセンター 真夜中のバスセンターに 潰したダンボール箱を敷いて 僕達は抱き合い眠った 「ずっといっしょにいたい」と 君はきつく僕を抱きしめた 父親に甘える幼い娘のように 君が見ているのは僕ではなくて 君の心の中の父親 それが分かるから 君の愛に応えようとせず 57 「愛してる」と何度もささやく君に 何も言わずにただ抱きしめるだけだった ねえ? 何があったの? 鞄に着替えを積め込んで 帰れない距離じゃないはずなのに わざと終バスに乗り遅れて 街灯はとうに消されたのに 自販機がやけに明るかった 人の足音を気にしながら 浮浪者のように眠った 58 ねえ? 君は気付いてた? 僕にも君が必要だったこと 君をただ抱きしめているだけで 僕の心は救われていた ねえ? また会えるといいね。 今度はもっと話をしよう たった一晩だけの恋だなんて やっぱり寂しすぎるよ ねえ? また会えるといいね。 今度はもっと話をしよう 君に出会えてほんとに良かった 59 素敵な思い出をありがとう 一九九九年七月一日 60 雨 太陽に照らされ 空へ舞い上がり 風に吹かれて 気ままに旅する いつかは力尽き 地上に降り立つ 彼を歓迎する者 疎ましく思う者 光が彼の足跡を七色の帯で飾る 今彼は地深くに眠り 復活の時を待つ 誰も彼の行方を知らぬ 一九九九年七月 61 顔 僕は君を愛していないのだろうか? そんなはずはない なのに 君の顔が思い出せない 君の声が思い出せない もう一度君に会いたい せつない 寂しい 何かが 何かが足りない 僕は手のひらを広げ 62 胸の前の空気を掴み この胸に押し当て ぎゅっと抱きしめる 何もない 心の穴は埋まらない それでも 何度も 何度も 空を抱きしめ 目を閉じる この気持ちは愛なのか? 愛でなくて何だというのか? ではなぜ なぜ君の顔を思い出せない なぜ君の声を思い出せない 63 君はよく笑っていた でも 君の顔が思い出せない 君の声が思い出せない 一九九九年七月 64 沖縄航路 黒い海を見たことあるかい? おろしたての黒い皮靴よりも ワックスで磨かれた黒い新車よりも どんな黒よりも美しく輝く黒い海 僕は見たんだ そんな黒い海を 墨汁のしみ込んだ紙のように どんな光も吸い込んでしまいそうな黒い空 何故か星は見えず 少し欠けた月が輝いていた 65 その空の下に黒い海 月明かりが照らしてた 黒い空と黒い海の間に 真直にのびる黒い水平線 近づく物全てを吸い込み 厚みの無い二次元の世界に誘う 黒い海の上 黒い空の下 黒い水平線に向かい 船は進む 新しい世界が待つはずの 水平線の先を目指して 66 夜の海をひたすら進む 太陽が上る明日を待ちながら 一九九九年七月八日 67 ひとりぼっち 家族に愛され 友は優しく 職場でも認められ 誰が見ても未来は明るい そして僕は ひとりぼっち 「おはよう」 「行って来ます」 「よろしく」 「ありがとう」 68 「ごくろうさま」 「お疲れさま」 「ただいま」 「おやすみ」 いつも僕は ひとりぼっち 鏡の中の寂しい目 僕の前に僕がいる 僕の心を知っている ただ一人の姿が映る 霧に包まれ 森の中 69 何も見えない 誰もいない ひとりぼっちのはずなのに ひとりぼっちじゃないような いつもの生活 いつもの人達 何不自由無く 恵まれて そして僕はひとりぼっち 二〇〇〇年一月十九日 70 眠り 扉を少し開けて外を見たんだ 君の笑顔が見えたんだ 君がそこにいてくれたんだ ずっと一緒にいられると思ってた ずっと君がそばにいてくれると思ってた 最後の言葉 「愛してる」 今でも耳に残ってる ねえ神様 なぜ彼女はいなくなったの ねえ神様 彼女は今どこにいるの 71 会いたいよ 会いたいよ あの暖かい日々をもう一度 あの安らかな日々をもう一度 二〇〇〇年一月二十四日 72 影 暗闇を歩く影 たくさんの影 姿が見えない 確かにそこにいる 床に横たわる男 一人の男 ぴくりとも動かない 確かに生きている 背中を丸め 天を仰ぎ 何を叫ぶ 何も聞こえない 覗き込む 男の顔 耳をすます 男の寝息 頬を叩き 肩を揺さぶり 胸に乗り上げ 何かを叫ぶ 何も変わらない 男はただ横たわる 光の中を歩く彼 微笑む彼 73 振り向きもせず ただ前に歩いている ぴたりとつく影 離れぬ影 見向きもされず それでもそこにいる 彼は眠り 影は歩く 彼は満たされ 影は求める 彼は愛され 影は知られぬ 彼は死に 影は生きる 暗闇を歩く影 たくさんの影 姿が見えない 確かにそこにいる 頬を叩き 肩を揺さぶり 胸に乗り上げ 必死に叫ぶ 74 男は目覚め 「たすけて!」と叫ぶ 暗闇の中 目を大きく開き 闇を見つめる 闇だけが見える 時が流れ 光が差し込む 揺れるカーテン 鳥の声 光の中を歩く影 微笑む影 振り向きもせず ただ前に歩いている ぴたりとつく彼 離れぬ彼 見向きもされず それでもそこにいる 二〇〇〇年三月十五日 75 見て 林の中 けもの道 ひとり歩いていたら 頬を伝う冷たい水 ぬぐった手をじっと眺め 時が止まる 井戸の中から声がする 「見て」 僕を見つめる暗い顔 揺れて 歪んで 僕を見る 彼は手を差し伸べ 助けを求める ひとりで生きてきたわけじゃない たくさんの人に助けられ たくさんの人に甘えてきた 76 それでもいつも満たされず それでも何か求めてた 「見て」 森の奥 青い湖 岸辺にひとりたたずむ 湖面で揺れる白い布 宙に浮かび光に照らされ 少女が見つめる 少女の口が静かに開く 「見て」 風になびく白いスカート 揺れて 漂い 僕を見る 少女は手を差し伸べ 僕を招く 77 井戸の中から声がする 「見て」 僕を見つめる暗い顔 揺れて 歪んで 僕を見る 彼は手を差し伸べ 助けを求める やがて彼は僕に近づき 一瞬の虹 静かに 静かに 眠り続ける 二〇〇〇年三月三十日 78 春の景色 上を向いて歩けない はしゃげない 楽しめない 涙を抑えきれない 桜の下で眠りたい 疲れること何もしていないのに とても疲れて歩けない カメラで何を写しているの 今見た景色はカメラの中に あなたの中には残らない 79 何かが足りない あの人はここにはいない 花びらが舞い 日曜日の遊歩道 いつもよりたくさんの人 いつもより孤独感じる私 二〇〇〇年四月九日 80 ある一日 ひとり 部屋に閉じこもり 孤独の歌声 聞いている 窓から見える青い空 飛行機雲が伸びて行く 扉を開ける気力無く 布団の上に横たわる 孤独の歌声 いつか消え 夢の中 旅をする 眼下に見える青い海 81 水平線が弧を描く 風に向かい自転車をこぎ 峠を越えて風を切る 木漏れ日の中 獣道 上へ上へと一歩づつ 誰もいない公園の ベンチでひとり 横たわる オレンジ色の窓の外 短針をみて体を起こす 流しに置かれたコーヒーカップ 82 冷たい水を流し込む 蛍光灯の紐を引き 孤独の歌声 再び流れる 二〇〇〇年七月十二日 83 本来の私 昨日の私も今日の私も きっと 明日の私も同じ私だろう でも 昨日の私と今日の私は少し違う きっと 明日の私も今日の私と少し違う ねえ 本来の私を知っている? 誰か 84 本来の私を教えてよ 今日の私は少し嫌い だから 本来の私に戻りたい きっと 本来の私はもっと素的 でも… あの人は 昨日の私を愛してくれた そして 85 今日の私も愛してくれた きっと 明日の私も愛してくれる 今の私は本来の私じゃないかもしれない きっと 本来の私より素的じゃないかもしれない でも あの人は私を愛してくれる だから… たくさんのものを失った 86 すこしずつ すこしずつ 失われたもの 取り戻す 本来の私に戻るため 失われたもの全て 取り戻す 二〇〇〇年七月十五日 ( 一 九九八年三月十八日) 87 百合の花 誰もいない道 どこまでも続く同じ風景 この道でいいのか 戻らなくていいのか 振り返り 立ち止まり 迷いの中 不安の中 うつむきながら 前に進む 道端に咲く 一輪の百合の花 風に吹かれ 揺れながら 私を見つめてる どのくらいそこにいたのだろう 再び歩き出す 再び歩き出す 88 迷いを恐れず 前を向いて 誰もいない道 いつまでも変わらない風景 なぜここにいるのか 咲く価値はあるのか 風に吹かれ 雨に打たれ 孤独の中 虚無の中 同じ場所に 咲き続ける 私に近付く 一人の若い旅人 荷物を背負い ただじっと 私を見つめてる どのくらいそこにいたのだろう 89 再び歩き出す 私を置いて 何も変わらない 咲き続ける 孤独の中 虚無の中 同じ場所に 咲き続ける 二〇〇〇年七月三十日 ( 一 九九八年六月二十六日) 90 壺の中 私を必要としているのは 電柱にとまる烏達 私を必要としているのは 春を彩る桜の木 私を必要としているのは 野に咲く花と蟻に土 私を必要としているのは 大地と共に生きるもの 私を必要としているのは 人の中にもおりました 91 私を必要としているのは 暇な日が続く葬儀屋達 私の躰は灰になり 私の躰は壺の中 電柱にとまる烏達 春を彩る桜の木 野に咲く花と蟻に土 みんな分けてはもらえずに 私は独り壺の中 92 私を必要としているのは 私を必要としているのは 二〇〇〇年八月一日 93 もしも僕が死んだなら もしも僕が死んだなら 僕の顔は忘れてもいい もしも僕が死んだなら 僕の声は忘れてもいい もしも僕が死んだなら 僕がいたことも忘れていい 僕は種を蒔いてきた たくさんの人の心の中に 僕の種を育ててほしい 94 綺麗な花を咲かせてほしい 道端に落ちた種が鳥に食べられた 岩の上に出た芽が焼けてしまった いばらに光を遮られた若葉もあった それでも種を蒔いてきた どんな人の心の中にも 僕の種を育ててほしい 綺麗な花を咲かせてほしい もしも僕が死んだなら 僕の言葉を覚えていて 95 もしも僕が死んだなら 僕のしたこと覚えていて もしも僕が死んだなら 僕の心を覚えていて もしも僕が死んだなら 僕の名前を忘れてもいい それでも決して忘れないで 僕が残した心だけは いつまでも覚えていて 僕が育てた心だけは 二〇〇〇年十一月七日 96 どこにいるの? 私を必要とする人が必ずいると あなたは私を抱きしめた 私が必要とする人は隣にいると あなたは私に微笑んだ 探し続けたよ 探し続けたよ 森の中 海の底 空を飛び 地を這って 疲れたよ もう疲れたよ 眠りたい 潜りたい 羽根は折れ 身体が痛い 見つからないよ 見つからないよ どこにいるの? 私には見えない 97 私を必要とする人が必ずいると あなたは私を抱きしめた 私が必要とする人は隣にいると あなたは私に微笑んだ 信じていいの? 信じられるの? あなたは誰? ここはどこ? 私は誰? 生きてるの? ねえ何で? 教えてよ ねえ? 誰でもいい どこでもいい 私はただ 生きているだけ 信じたいのに 信じられない どこにいるの? 私には見えない 98 私は旅を続けた 全ての荷物を捨て もとには戻れない もう二度と 私は飛び続けた 折れた羽根を広げて 痛みはもうない 感じない 私を必要とする人が必ずいると あなたは私を抱きしめた 私が必要とする人は隣にいると あなたは私に微笑んだ 二〇〇一年二月二十三日 99 思い出 楽しかった思い出は全て消えてしまった 悲しかった思い出ばかり残ってしまった 未来を信じることなどできない 悲しい日々がこのまま続くだけ ただ このまま いつまでも あなたに出会えたあの春の日から 私も変われると信じて走った 闇の中から連れ出してくれると信じた 海の底から浮かび上がれると信じた 100 疑いもせず 暖かさに包まれていた 他の誰も必要なかった あなただけが必要だった 他の誰も理解してくれなかった あなただけが理解してくれた そう思っていた けれど… あなたに大切な人ができた日から 私はただひとり立ち止まってしまった 崩れかけた廃墟の中に置き去られてしまった 人気のない海岸で波音だけ聞こえた 101 ただぼんやりと 夕日に照らされていた あなたに私は必要なかった 私だけが必要としてた 笑いながら楽しそうに話してた 「あなたも早く」と私に言った 笑顔を返した けれど… 遊歩道が赤く染まったあの秋の日から 私はただひとりうつむき歩いた 歪んだ時間の中思い出に浸った あなたと出会ったあの頃に浸った 102 最後の一葉 必死にしがみついていた 誰かに救けてほしかった あなたに救けてほしかった あなたは私を励ましてくれた 「がんばれ」と背中を押してくれた そんな言葉 欲しくなかった 大雪で時が止まったあの冬の日から 私は雪をベッドに眠り続けた 深い闇の中で眠り続けた 深く深く潜り続けた 103 柔らかい雪が とても温かかった 誰かが誰かが必要だった あなたがあなたが必要だった 誰も誰も理解してくれなかった あなたもあなたも理解してくれなかった 探すのに 疲れてしまった 楽しかった思い出は全て変わってしまった 悲しかった思い出に全て変わってしまった 未来を信じることなどできない 悲しい結末がいつもいつも待ってる 104 もう 諦めた 期待できない 楽しかった思い出は全て消えてしまった 悲しかった思い出ばかり残ってしまった 未来を信じることなどできない 未来を信じることなどできない 誰も 信じられない 二〇〇一年三月十二日 105 二千年 僕がこの地に生まれてから いったい何が変わっただろう 僕は何度死んだらいいの? 僕は何度苦しんだらいいの? 今日も誰かが死にました 誰かが誰かに殺せと命じ 誰かが誰かを殺しました そして誰かが死にました 誰かが止めても誰も止まらず 106 止めた誰かも殺されました 誰かの罪を背負わされ 十字架はまた重くなる 今日も誰かが死にました あの子が自分に殺せと命じ あの子が自分を殺しました あの子の友も死にました 誰もあの子を止められず なぜかも分からず死にました あの子の苦しみを背負わされ 107 十字架は今 立てられた 僕がこの地に生まれたから 争いが止まると思ってた 苦しみが消えると思ってた 幸せが来ると思ってた 今日もどこかで争いが続き 今日も誰かが苦しんでいる 僕は何も何もできず ただ十字架を背負っている 108 僕がこの地に生まれてから いつもと同じ空があり いつもと同じ星が出る 何も変わらず時は流れる 僕がこの地に生まれてから いったい何が変わっただろう 僕は何度死んだらいいの? 僕は何度苦しんだらいいの? 何も 何も 変わらない 十字架の上 空を見上げ 叫びとともに空に上り 109 この地に下りる時を待つ 僕の役目はいつ終わる? 二〇〇一年五月二十一日 110 消える歌声 私の声は 虚しく 哀しく 宙に浮き やがて ただの 空気になる 薄暗がりのステージで 心を込めて歌うけど 誰もいない観客席 私の声が木霊する あと何曲歌えばいい? アンコールは必要かな? 歌うよ 私は いつまでも 「やめろ」と言われるまで 歌います ほら 見えるでょ? 見えないの? あそこにも あそこにも 聞いてくれてる人がいる 111 ほら 拍手をしてくれた 歌うよ 歌うよ いつまでも 観客席が 滲んできた 歌うよ 私は いつまでも 心を込めて 歌います 二〇〇一年五月三十日 112 黒い翼 空から星が落ちてきました 真っ赤に焼けて落ちてきました だんだん だんだん 小さくなって とうとう見えなくなりました 僕は星を追いかけて 小さな森に入りました 小さな広場の真ん中で 黒い翼を見つけました 黒い翼を背中につけて 僕は家に帰りました 113 誰にも翼は見えなくて 僕は大人になりました 黒い翼で空を飛んで たくさんの人を見下ろしました たくさんの人が笑っていて たくさんの人が泣いていました 泣いている人に笑ってほしくて 僕は地上に降りました 泣いてる人の前に立って 泣いてる人に言いました 114 「大丈夫だよ 元気を出して」 泣いてる人は脅えてしまって 私の翼を指しました 恐怖に顔は歪んでしまって 一目散に逃げました 黒い翼はいつものように 僕の背中にありました 黒い翼はいつものように 黒く美しいままでした みんな僕から離れていって 115 僕はひとりになりました 空には赤い太陽があって 僕を手招きしてました 高く 高く 飛びました 力の限り飛びました 暖かい光が僕を包んで 僕は眠りにつきました 空から星が落ちてきました 真っ赤に焼けて落ちてきました だんだん だんだん 小さくなって 116 とうとう見えなくなりました 二〇〇一年六月七日 117 無罪 こんなに汚い心を持って僕は生まれた 優しく微笑む僕の隣で 汚い僕も笑っていた 学校からの帰り道 前を歩く同級生 「彼女が転んだら助けるぞ」 (彼女が転んだらチャンスだぞ) 「悪い奴等から僕が守るぞ」 (悪い奴等が来たらチャンスだぞ) 「彼女は絶対僕が守る」 (彼女を俺のものにする) 118 「大丈夫? 怪我はない?」 (ほら俺は優しいだろう? 強いだろう?) 黙れ 何も言うな お前はいらない だれかこいつを連れ去って 汚い僕を連れ去って 教室の中 数学の授業 隣に座る僕の親友 彼が先生に褒められた (たいしたことないじゃん) 僕が先生に褒められた (俺の方が頭がいいのさ) 119 彼が僕に教えてくれた (お節介はやめてくれ) 僕が彼に教えてあげた (俺の方が頭がいいのさ) やめろ 消えてしまえ 苦しめないでくれ 誰かこいつを閉じ込めて 汚い僕を閉じ込めて こんなに汚い心を持って僕は生まれた 優しく微笑む僕の隣で 汚い僕も笑っていた 「僕は無罪じゃない 誰か僕を裁いてください」 120 叫び続け 救いを求めた 無罪の判決が下された 汚い僕と同じ傘の中 汚い僕と僕は歩き 汚い僕と同じ空の下 汚い僕と僕は見上げる 汚い僕と同じ部屋で 汚い僕と僕は暮らし 汚い僕と同じ布団で 汚い僕と僕は眠る 汚い僕と同じ布団で 汚い僕と僕は目覚め 汚い僕と同じ窓の傍 汚い僕と僕は立つ 汚い僕と同じ朝日が 汚い僕と僕を照らした 汚い僕と同じ希望が 汚い僕と僕を包んだ 121 「あなたの罪を私が背負おう」 彼は微笑み 空を見上げた 二〇〇一年六月十八日 122 コンサートホール 君の歌声を僕は聞いているよ 君の歌声は僕に届いているよ 僕はここに座っているよ 僕は君を見つめているよ ねえ 歌ってよ もっと 歌ってよ ねえ 笑ってよ もっと 笑ってよ 君の歌声が僕を包み 君の存在が僕を癒す スポットライトに包まれて君は歌い 123 暗闇の中の観客席から僕は手を振る 君に僕が見えるはずはなく 僕はステージに上がれない 君に手を差し伸べたとしても 僕の手は握られることはない 君がもしもステージを降りて 君を暗闇が包み込んだときは 僕は隣に立っているから 僕の手がここにあるから ねえ 生きようよ もっと 生きようよ 124 僕と 生きようよ 一緒に 生きようよ 君の存在が僕を癒し 君の存在が僕を許す ねえ 生きようよ もっと 生きようよ 僕と 生きようよ 一緒に 生きようよ 一緒に 生きようよ 二〇〇一年六月二十九日 125 シャボン玉 ふわふわと ふわふわと シャボン玉が浮かんでいます たくさんの たくさんの シャボン玉が浮かんでいます きらきらと きらきらと シャボン玉が浮かんでいます 大きなシャボン玉 小さなシャボン玉 仲良く並んで浮かんでいます 仲が良すぎて くっついて 大きなシャボン玉になりました みんな みんな 仲良くなって どんどん大きくなりました 僕が入って あの子が入って お兄さんが入って お姉さんが入って おじさんも おばさんも お爺さんも お婆さんも 赤ちゃんも 幼稚園生も 小学生も 中学生も 高校生も 大学生も 126 お医者さんも 患者さんも お巡りさんも 泥棒さんも 黒い人も 白い人も 赤い人も 黄色い人も みんな みんな シャボン玉に入って 青い地球も シャボン玉に入って ふわふわと ふわふわと 黒い宇宙に 浮かんでいます たくさんの たくさんの 銀色の星たちに囲まれて きらきらと きらきらと シャボン玉が浮かんでいます 二〇〇一年七月四日 127 境界線 この川を越えて行きたいな 川の向こうが知りたいな あの森の中には何があるかな? 探してるものは見つかるかな? 駄目だと言われて生きてきた 理由も知らずに生きてきた 越えてみなければ分からない この目で見なければ分からない 川の向こうは自由な世界 何もかもが許される世界 128 欲しいものは何でも揃っている 欲しいものは必ず手に入る 君は川を越えていった 森の中に消えていった 助走もつけずに飛んでいった 「帰ってくるよ」と君は言った 「行かないで」 「君を失いたくないんだ」 僕の声は届かなかった 129 境界線が曖昧な社会で 僕らの世界はどんどん広がる 境界線が逃げる社会で 僕らは正義をだんだん見失う 僕らが生きてる自由な世界 全てが奪える自由な世界 僕らが手にしたたくさんの権利 誰も奪えない僕らの権利 君は川の向こうで暮らし 帰り道を忘れてしまった 130 森の中で何を見たのか 君の声だけ帰ってきた 「バイバイ」 二〇〇一年七月二十三日 131 肉塊 この肉の塊は今日も悪臭を放ち 近づくものすべてを腐らせる みんなみんな 私から離れていくのに なぜかあなただけは私に近づいて この肉の塊に触れようとする あなたは私に何を求めているの? この肉の塊に何を期待しているの? 白いシーツを被せた柔らかいまな板の上に あなたは私を静かに寝かせ 132 研ぎすまされた銀のナイフで 私の胸を一気に切り開く 捜し物は見つかった? 求める物は得られたの? 私が肉の塊にすぎないことが分かったでしょ? 悪臭が強くなっていないか心配です 生ゴミも燃えるゴミと同じ日だから 透明な袋に私を入れて 臭いが漏れないように封をして 朝の八時までに捨ててください 133 真っ赤に燃える焼却炉で 私は灰になり 煙になります あなたとはお別れです さようなら なぜ あなたは私に近づいたの? 私が肉の塊にすぎないことを あなたは知っていたはずなのに 求める物が私の中にはないことを あなたは知っていたはずなのに あなたの期待が裏切られることを 134 あなたは知っていたはずなのに あなたに付いた私の破片が あなたの血となり肉となるまで 生きてください いつまでも 真っ赤に染まった私の身体を 毎夜 夢見て 愛し続けて あなたの涙で洗ってください さあ 東の空が色付き始めて 鳥たちの歌が聞こえてきました 135 お別れの時間です あなたは地の上 私は地の底 生き続けてください さようなら 二〇〇一年七月三十日 136 赤い雨 時代遅れの梅雨が続いて 今日も外には出られずに 天井を見上げて横たわる 水分補給が必要なほど 私の身体は干からびて 枕ばかりが水太りする 眼を閉じることもできずに 耳をふさぐこともできずに 窓の前に立たされて 外の世界を見せられる 137 風の叫びを聞かされる ガラスの向こうは 野良犬たちが 赤い雨に包まれて 柔らかい雹に打たれている 隣の家では 政治家たちが 赤ワインを飲みながら ステーキにナイフを入れている 清めの塩よ 雪となれ この世の全てを包んでしまえ 心の叫びよ 風となれ この世の全てを飛ばしてしまえ 138 私の身体よ 種となれ この世の全てを変えてしまえ 今日も変わらず雨が降り 今日も変わらず風が吹く 太陽光は遮られ 雲の影がこの世を包む 明日の予報は今日も雨 二〇〇一年九月二十四日 139 氷坂 氷で覆われたこの町で 君は産まれ 生きてきた 歩き方を教わることなく 寒空の下に放り出され ゆっくりと ゆっくりと 一歩ずつ 一歩ずつ 温もりを求めて 歩き続けた 坂道の前で立ちすくみ 迷いの末に 歩き始めた 滑って 転んで 転がり落ちた 坂道の下で優しい人に 傷を癒され 再び上った 滑って 転んで 転がり落ちた 何度も 何度も 転がり落ちて 140 何度も 何度も 癒された 絶えることない傷と一緒に 深くなる傷と一緒に いつまでも いつまでも 滑って 転んで 転がり落ちてた 「靴を履き替えてみませんか?」 「この靴は滑りにくいよ」 僕の言葉は届かずに 優しい人に救けを求め 滑って 転んで 転がり落ちた 僕はしくしく泣きながら ひとりで坂道を上り始めた 141 振り向く僕の後ろで君は 滑って 転んで 転がり落ちてる いつまでも いつまでも 滑って 転んで 転がり落ちてる 二〇〇一年九月二十八日 142 止まった時間 卒業式の日にもらった腕時計は 今日も同じ時を指している 素直に受け取ることができずに 冷たい言葉を返しただけだった 走り去る君が消えた時 時計の針は動かなくなった あれから何度 恋しただろう あれから何度 諦めただろう あの時のままの君を追いかけて 143 あの時と同じで素直になれない 老いた身体を横たえて 遠いあの日を夢に見る 柔らかい君の手の温もりが 今もこの手に伝わってくる 踊る炎に照らされた 君の横顔が見えてくる 引き出しの中に今も眠る 止まったままの腕時計 白いハンカチで優しく包み 144 卒業写真で蓋をする 次の恋が訪れたなら 今度こそは動きますようにと 二〇〇一年十月二十四日 145 針の雨 今日の雨はとても鋭く 傘を突き抜け 僕の身体に突き刺さる ちくちくちくちく 痛いよ痒いよ 掻きむしった皮膚は赤く腫上がり ますます僕を敏感にする 触れただけでも痛いのに 掻きむしらずにはいられない 膿が吹き出し 汚らしくて 触りたくもないのに 掻きむしる 146 今日も雨は降り続き 容赦を知らず 僕の身体に突き刺さる ずきずきずきずき 痛いよ熱いよ 脈打つ皮膚が熱く燃え上がり 僕の頭は鈍感になる 役立たずの傘は捨ててしまい 雨に身体を晒して踊る やがて痛みが快感になり 僕は笑顔で空を見上げる 止まぬ雨はとても鋭く 147 水晶を突き抜け 僕の網膜に突き刺さる 盲目のままで僕は歩き どぶにはまり 永遠の闇に落ちていく 二〇〇二年一月二十七日 148 不純物 すべてを脱ぎ捨てて 冷たい水に身体を浸す 濁りのないこの川は 私の不純物を全て吸い出す 開放感に満たされて 空を仰いで浮かんでいる 裸でいられるこの時間 次はいつ訪れるだろう 何度も行く手を阻まれて 何度も向きを変えてきて 夜が来て 朝が来て また夜が来て また朝が来て 大海原への道半ば 澄んだ姿で流れ続ける 宝とされた美しき川 濁らせまいと守られる 149 川底の砂利に足を着け 川の流れを受け止める 通り過ぎる水たちが 私の身体に挨拶して去る 汚れた服で身体を隠し 汚れた服で身体を汚し 再び陸で私は生きる 汚れた空気のあの雑踏で テレビに映る四万十川に 遠い過去を思い出す コマーシャルに切り替わり 遠い過去が消えて行く 現実世界が私を包み 汚れた姿が鏡に映る 厚い服に身を包み 人の流れに溶けて行く 二〇〇二年二月七日 150 衝動 抑えきれない衝動が 私の視界を闇で覆い 幽かに浮かぶ人影を 私の視線が追い掛ける 腰に差した剣を抜き 欲望のままに切り掛かり 剣から滴る雫の音が 私の視界を赤く染める 荒れた呼吸と 火照る身体と 濡れた皮膚 冷たい風に晒されながら ただ立ち尽す私の肉塊 冷たい風に晒されながら 眼下に転がる君の肉塊 空を見つめる君の視線が 「許さぬ」と強く叫ぶ 151 荒れた呼吸と 火照る身体と 濡れた皮膚 暗闇の中で私は目覚め 隣に眠る君を見る 人の気配に振り返り 私を見つめる君を見る 私の思考は飛び回り 白い世界が私を覆う 震える私の身体を抱きしめ 君は静かに囁いた 「大丈夫だよ」 君の優しい温もりが 私の背中に伝わってくる 臨界に達した衝動が 涙の中に溶けて消える 二〇〇二年三月六日 152 待ってます あなたに 会いに 行きました 髪を洗って おめかしをして きれいなおべべで着飾って うきうき わくわく 心を弾ませ あなたに 会いに 行きました だけど あなたは いなかった あなたに お電話 かけました のどを洗って 練習をして 話したいこと いっぱい浮かべて 153 うきうき わくわく 心を弾ませ あなたに お電話 かけました だけど あなたは いなかった あなたに お手紙 書きました 汚い字だけど 一生懸命 心を込めて書きました うきうき わくわく 心を弾ませ ポストに お手紙 入れました だけど お返事 返ってこない 154 あなたを お部屋で 待ちました 髪を洗って おめかしをして きれいなおべべで着飾って うきうき わくわく 心を弾ませ あなたを お部屋で 待ちました だけど あなたは 来なかった あなたを ベッドで 待ちました 天井見ながら しわくちゃ顔で 看護婦さんに囲まれて うきうき わくわく 心を弾ませ 155 あなたを ベッドで 待ちました だけど あなたは 来なかった あなたを お空で 待ってます 雲の上から 地上を見渡し どこにいるかと必死で探して うきうき わくわく 心を弾ませ あなたを お空で 待ってます だけど あなたは どこにもいない 二〇〇二年三月十一日 156 春の道 また春が来る 君の季節がやってくる 春の恵みは降り積もり 君の未来を飾るだろう 遠慮なんてしなくてもいい 君のために用意された道 君の未来に向かって歩いて 僕は君を追いかけて 遥か後ろを歩き始めた 157 君の姿が見える日を ずっと夢見て歩いてる 待っていてほしいけれど 振り向いてほしいけれど 君を待ってる人たちがいる 前を向いて歩き続けて 君が一歩進むたび 桜の花弁は舞い上がり 春風が吹き 桜の花弁は舞い踊る 158 君の周りをくるくると 妖精たちが輪になって踊る 君を歓迎しているように 君を守っているように また春が来る 君の季節がやってくる 春の恵みは降り積もり 君の未来を飾るだろう 二〇〇二年三月十四日 159 電話 あれからずいぶん時がたったね あの頃の僕は笑っちゃうくらい幼くて 「恋」という言葉も知らずに生きていて 君に会えなくなってから 君への恋に気がついたんだ 君がくれた最後の電話 僕はうまく答えられなくて 君はどう思ったの? なんで電話をくれたのか 160 今でも僕は分からないんだ 僕と話す理由なんて 君にはないと思っていたから 「好きです」と言えば良かった 今でも後悔してるんだ 君の誕生日が来るたびに 電話器の前に正座して 受話器を上げて 指をボタンに近付けて そして受話器をおろしてた 161 「今でも?」って聞かないで だって君の居場所を知らないよ 電話番号を知らないよ 君は今 幸せですか? 愛する人と一緒にいますか? 僕は今 幸せですよ ひとりぼっちで淋しいけれど 162 もうそろそろ電話を切るね 涙が出てきて止まらないんだ 君の声が聞きたいけれど 僕ばかりが話していたね また電話をかけるね 元気でいてね ばいばい ばいばい 二〇〇二年三月十五日 163 先生 幼い私はとても弱くて 強いあなたが必要だった 私はあなたに守られていた あなたはとても賢くて 知恵の力を教えてくれた あなたはとても優しくて 人の心を教えてくれた あなたのおかげで たくさん勉強してました たくさん本を読んでました 164 記憶が薄れた私の耳に 突然届いたあなたの訃報 あれからずいぶん経ったのですね 時の流れは残酷で 正しき人にも死が訪れる 私はまだ生きています あの頃のあなたと同じ年で 私はまだ生きています あの頃のあなたと同じ町で 165 あなたのおかげで生きてます もうしばらくは生きてます ありがとう さようなら 二〇〇二年三月十八日 166 クローン 突然 君はやってきた 「私はあなたの分身です」 君は自分を紹介した 君は遥かに私より若く 君は遥かに私より賢い 私の躰が朽ちる時 君は妻子とともに暮らすだろう 私は君がうらやましい 二〇〇二年四月十二日 167 前線通過 外は強い風が吹いて 木々が大きく揺れている 私の心にも風が吹いて ざわざわ ざわざわ 揺れている 何かをせずにはいられない それでも何もせずにいる 庭に出て風を浴びて 大きく 大きく 深呼吸をする 何もない広場に立って 168 両手を広げて風を受ける ちょこんと跳ねて ふわりと浮いて 風の上に寝転べたなら… やがて雨が降るそうだ 強い雨になるそうだ 風と雨のハーモニー 今日はどんなハーモニー? 楽しみに待つ私がいる きっと明日は澄んだ空 二〇〇二年四月十七日 169 愛の言葉 無口な僕は言葉を使わずに ありったけの愛を君に伝えてきた 光を失った君の瞳に僕の笑顔は映らない 敏感な君の肌に触れることも出来ない 僕の愛を伝えるにはどうしたらいい? 言葉だけで僕の愛は伝わっている? 掌に載るだけの言葉では足りなくて 部屋中を捜し回っているんだ でも僕の部屋はとても狭くて 170 すぐに言葉が尽きてしまう 部屋を飛び出せばいいんだよね? 君に僕の愛を伝えたいのなら 分かっているんだ 道端に転がる使い古された言葉を拾い集めて サラダのように盛り付けて君に贈ればいいのだろうか? コンビニで買えるありふれた言葉を並べて 教科書のように整えて君に贈ればいいのだろうか? 僕が満足できない言葉を君に贈りたくはない でも妥協の産物を贈るしかなくて… 171 雄弁な人が溢れた今の世の中では 同じ言葉がどこでも聞こえる 僕の言葉は埋もれてしまって 君にとっては“その他大勢” 僕だけの言葉が見つかるまでは 無口でいてもいいですか? 二〇〇二年五月二日 172 欲望を眠らせて この街は危険すぎる 眠っていた欲望が目を覚まし 僕の心を支配したがるんだ このまま僕はここに居よう 醜い僕を晒したくないんだ ここに居れば美しいままでいられる ヘッドホンのボリュームを上げて 膝を抱えて踞っていよう そうさ君の言う通りなんだ 173 僕は欲望と闘うんだ 僕は僕と闘うんだ 決して負けたくはないんだ だけどいいだろう? 逃げたっていいだろう? 決して負けたりはしない 自信はあるさ でも恥ずかしいんだ 欲望の存在が恥ずかしいんだ 前から来る人達が僕を見ている 174 心の中で笑っている 後ろから来る人達が僕を見ている 指さして笑っている 思い込みなのは分かっている 見られていないのは分かっている 瞳がゆらゆら泳いでいる 身体もふらふら揺れている 汗がだらだら流れ出ている ハンカチの水分は飽和状態 頭の中も飽和状態 175 道に転がる石になりたい 誰にも気づかれずに転がっていたい 踏まれたっていいんだ 蹴飛ばされたっていいんだ 欲望に支配されても気付かれない 醜さなんて気にならない だから今はここに居よう 醜い僕を晒さずに居よう 邪魔な欲望を眠らせるんだ ヘッドホンのボリュームを上げて 176 君の歌声を聞いていよう 膝を抱えて踞っていよう 二〇〇二年五月八日 177 深夜の化粧 午前零時が近付いて 娘達が寝静まった頃 三面鏡の前に老女が座り 真っ赤な紅をつけていた 無駄な努力と知ってはいるが 失われた美しさを取り戻して 女として認められたい老女だった 女として認められたい老女だったが 失われた美しさは取り戻せない 178 「無駄な努力」とため息をつき 真っ赤な紅をそっと置いた 三面鏡を閉じつつ振り向き 娘達の寝顔を見詰めた 午前零時が告げられた 二〇〇二年五月十三日 179 深夜の猫達 盛りのついた雄猫どもが 軟派通りに性欲を並べて 品定めに来た雌猫どもに にやけた顔を晒している 一夜だけの快楽を求めて 深夜になると血走る眼を ギラギラと輝かせながら 雌猫を乗せた雄猫の車が 広い駐車場に疎らに並び 180 揺れる揺れる波打つ様に 何処も彼処も性欲だらけ 悪臭に満ち吐き気がする 一夜だけの快楽を得ると 雌猫を残して車は去った 二〇〇二年五月十三日 181 深夜の誕生 民は眠り 街灯が瞬く 闇夜に延びる 野良犬の長い影 光が漏れる家の中 せわしなく動く女達 おろおろと見守る男達 襖の奥ではひとりの女が 苦しみの汗に包まれている その場の誰もが同じ時を待ち 182 その場の誰もが同じ希望を抱く 姿の見えぬその生命も同じ思いで 光の射す方へと狭き道を必死に進む そして今 産声と大歓声が静かな闇を揺るがし響いた 二〇〇二年五月十三日 183 水葬 湯舟に浮かぶ小さな蟻を なんとか地面に返そうと そっと摘もうとしてみたが するりするりと離れていくんだ お湯ごとそっと掬ってみたが 人差し指の上からつるりと お湯と一緒に湯舟に零れる 小指と小指の隙間から お湯と一緒に湯舟に零れる 薬指と小指の穴から 184 お湯と一緒に湯舟に零れる 掬ったお湯を上手に捨てて 人差し指に残った蟻を 顔に近付け見てみたら びしょ濡れになり死んでいた 救えなかった蟻を摘んで 排水孔のそばに置き シャワーの雨で洗ってあげて そのまま海へと帰してあげた 僕は湯舟に肩まで浸かり 185 部屋に戻ると詩を書いていた 二〇〇二年五月二十日 186 錆びた風鈴 昔買った鉄の風鈴 錆びて汚くなったけど いまだに良い音奏でてる 観光旅行のお土産に 買ってきたのはいいけれど 五月蝿すぎると捨てられて 部屋の隅に眠っていた 勿体無いお化けが騒ぎだして 窓のサッシに掛けてみた 187 久し振りに聞く音色 ちっとも変わっていなかった ソファーに深く腰掛けて 瞼を閉じて耳澄ます 優しい風が頬を撫で 澄んだ音色が天へ誘う 二〇〇二年六月二日 188 女王蜂 部屋に迷い込んだ女王蜂が 天井を滑るように飛んでいる 狭い部屋でぐるぐるぐるぐる 羽休めには蛍光灯 天井がそんなに好きなのか? 少し高度を下げて飛んだら 窓から外に出られるでしょう 外はとっても広い世界で もっと高く飛べるでしょう 189 分かっているのかいないのか? 少し高度を下げて飛んでも 君を見下ろす者はいないし すぐに外へと飛び出したなら 低く飛ぶのはほんの一瞬 わかっているのかいないのか? ちょっと離れて戻ってきたら 女王蜂が消えていた 部屋の外へと飛び出したのかと 190 ほっとしたのはほんの一瞬 「ここは私の縄張」と 女王蜂が天井に張り付く 二〇〇二年六月九日 191 ママの涙 僕が悪さをした時は ママはいつも泣いていた ママが泣くと僕も悲しい だから僕は良い子になった だけどママはうそ泣きだった ママのことは信じられない 僕は悪さを始めます ママが泣いてもかまわない 僕は悪さを続けます 192 ママが「ごめん」と謝るまでは 二〇〇二年六月十三日 193 通夜 愛する妹の通夜の席 俯く彼の左腕に一匹の蚊が舞い降りた 反射的に右腕を振り上げたけど 降り下ろさずに見つめてた 「おかえり」 「たっぷり吸えよ」 「長生きしろよ」 一粒の涙が腕に落ち 驚いた彼女は飛び立った 194 突然降り出した大粒の雨 大雨洪水警報が出たそうだ 二〇〇二年六月十六日 195 賞味期限 賞味期限を過ぎてるパンが 鞄の中に入っていました もうしばらくは食べれるでしょう 美味しくないから捨てました 消費期限を過ぎてるパンが 鞄の中に入っていました ばい菌だらけになってるでしょう 死にたくないから捨てました 196 賞味期限が過ぎたから 私はきっと捨てられていて 消費期限が過ぎたから 私はきっと避けられている 冷たい世界に泣いてます 賞味期限が過ぎたあなたを 私はきっと捨てるでしょう 消費期限が過ぎたあなたを 私はきっと避けるでしょう そんな冷たい私です 197 賞味期限が過ぎたなら 私もどうか捨ててください 消費期限が過ぎたなら 私の頭に銃弾たまをください 二〇〇二年七月十六日 198 氷の勇気 空から氷が落ちてきて 露天風呂へと飛び込んだ 見る見る小さく小さくなって 影も形も無くなった 高いお金を払ったお客は 火傷を覚悟で浸かっている 氷は何もできずに消えた 熱いお風呂は熱いまま 199 お客に残った氷の記憶 身体を叩いた不快な痛さ 身体に触れた不快な冷たさ 氷が消えた時の喜び 空には氷の雲があって 一つの決議が採択された 誰も地上に降りないと 熱いお風呂は熱いままにと 二〇〇二年七月十九日 200 魂の無い言葉 宙に漂う言葉達 魂の無い言葉達 時空を全て埋めようと 次から次へと生まれてくる 私の鼓膜を何度も叩き 「中に入れろ」と騒いでる 私の足に絡み付いて 逃げることを許さない 「ねえ 聞いてるの?」 「ああ 聞いてるさ」 201 「聞いてよ ねえ」 「聞いてるとも」 言葉の雲を掻き分けて 自分の部屋へ逃げ込んだ 魂の込められた歌声に 飢えた心が満たされる 二〇〇二年十月六日 202 御主人様とお人形たち 黒髪黒眼のお人形たちは 与えられた家に住み 与えられた服を着る 御主人様に全てを任せて 言われるままに されるがままに 笑顔が可愛いお人形たちは 与えられた舞台で踊り 与えられた言葉を話す 203 御主人様が教えてくれたら 言われた通りに ただそれだけを 解き放たれたお人形たちは 自分について考えて 自由について考えて 空ろな目をして歩き始めて 御主人様を 探し始めた 204 お人形たちから零れる涙が 空に上って雲となり 御主人様に降り注ぐ 地べたに転がる御主人様の 閉じない瞼を 伝って零れた 二〇〇二年十月十一日 205 晴れた秋の一日 晴れた日に縁側で 雀の語らいに耳を澄まし 「平和だな」と笑みを浮かべる こんなにも私は幸せなのに 他人と自分を比較して 「何とかせねば」と焦っていた このままでいいじゃないか 今以上の幸せが得られる保証はない 冷めた緑茶を一気に飲み干し 206 お勝手に戻って 熱い緑茶を湯呑みに入れると 再び縁側に腰掛ける 少し冷えた手を暖めて 少し冷えたお腹も暖める 子供達の遊ぶ声が聞こえてる 大人の叱る声も時々聞こえる 虫達の歌声も聞こえてる 風鈴の音も聞こえてくる 季節外れだけど心地好い 音に囲まれているのに妙に静かで 207 私の心も静まり返る 晴れの日が続くらしい もうすぐ寒い季節が訪れる 今の平和を心行くまで味わって 今の幸せに心から感謝する 今は焦らず待ってみたい 今以上の幸せを 二〇〇二年十月十四日 208 ガラスの油膜 ガラスについた薄い油膜が 飛び込む光を捩じ曲げて ガラスを彩りきらきら光り 外の景色を隠してた 何度も何度も拭いたけど 拭く度に変わるガラスの化粧 消えることなく嘲笑っていた 私はむきになって拭き続けた 疲れて座り込んだ時 大きな影がガラスに映った 209 影越しに見える外の景色は 無数の色に輝いていた 二〇〇二年十月二十八日 210 埃の煌めき 小さな小さな小さな埃 ゆっくりゆっくり宙を漂い 瞬きながら降りてくる 窓から射し込む光に照らされ 輝くときと消えるときと とてもとても明るくて まるで真昼の一等星 けれどもそれは 小さな小さな小さな埃 風に揺らぐ小さな埃 211 小さな小さな小さな埃 たくさんたくさん舞い上がり 風に吹かれて流れてる 窓から射し込む光に照らされ 輝くものと消えるものと 一つの太い線を描いて まるで真昼の天の河 けれどもそれは 小さな小さな埃の集合 自ら光らぬ埃の集合 212 二〇〇二年十一月二日 213 整えられた庭 荒れた庭に庭師を呼んで ばっさりばっさり枝を切って すっきり明るい庭になった 家主のパパは大喜びで 木々の間を行ったり来たり 上機嫌の庭師と一緒に 笑顔でお喋りしています 電線の上の小鳥達から 小さな小さな溜め息漏れた 214 雨宿りができなくなったし 北風からも守ってくれない あの子と密会できないし 美味しい柿も減ってしまう 小さな森が消えてしまった 部屋の中の僕も一緒に 暗い顔で溜め息ついた 優しい緑が減っているし 風に踊る木々が見れない 小鳥達が去ってしまうし 215 金木犀の香りも心配 小さな森が消えてしまった 二〇〇二年十二月十七日 216 除夜の鐘 私のお腹は硬いから そんなに太い木の棒で 力いっぱい撞かれても 凹んだりは致しません だけどとても痛いから 体をぶるぶる震わせながら 大きな声で泣くでしょう みんなみんな 私が泣くのを知っていて 217 私が泣くのが楽しみで 力いっぱい撞いてきます 幼い子供もお年寄りも 一列に並んで順番に 力いっぱい撞いてきます みんながみんなが喜ぶなら 私は我慢致します 私の変な泣き声が 遠くの人も癒すなら 大きな声で泣きましょう だから強く撞いてください 218 大きな声で泣けるように こんな姿で産まれた私 これが私の宿命なら これが私の役目なら 受け入れましょう 何もかも 受け入れるしかないのだから 受け入れましょう 私の宿命 二〇〇二年十二月三十一日 219 千羽鶴 一人一人が祈りを込めて 一羽一羽の鶴を折る 手の平に載る小さな希望 信じてみたい明るい未来 一羽が産まれ 十羽が産まれ 百羽が産まれ 千羽が産まれ 十万羽を超え 百万羽を超え 絶えることなく産まれ続ける 220 千羽鶴よ 舞い上がれ 灰色の空を覆い隠しておくれ 色とりどりの美しい羽で 僕らの未来を飾っておくれ もしも空を奪われたなら 僕らの胸に帰っておいで 色鮮やかな祈りの雨を 僕らの心に降らせておくれ 僕らはいつか思い浮かべる 祈りが覆った空と大地を 221 僕らは決して忘れない 同じ心でいられた今日を 二〇〇三年二月十七日 222 完全な闇 君のために光を奪おう 完全な闇を君に贈ろう これで君は誰にも見えない 恐い奴はどこにも見えない 君を指差す奴はいない 君見て笑う奴はいない 全てを脱ぎ捨て裸になろう 裸になって自由に踊ろう どうしたんだい 223 何が恐いんだい 誰も見てないんだぜ 何をしてもいいんだぜ 君は自由になったんだ 不快な視線はもう刺さらない 君を隠す服はいらない 素っ裸の君でいいんだ 目を凝らしてごらん 花畑が見えるだろう 駆け回ろうぜ 224 転がろうぜ 花粉を浴びて踊ろうぜ 大の字になって寝転がれば 青い空が見えるだろう 目を凝らしてごらん 今度は海が見えるだろう 飛び込もうぜ 潜ろうぜ 魚に囲まれ泳ごうぜ 大の字になって浮かんでみれば 225 青い空が見えるだろう 君の世界だ 君は自由だ 誰も君を責めたりしない 君は君のままでいいんだ 二〇〇三年三月三十一日 226 少年と枯木 澄んだ目を輝かせて 少年は見上げていた 生命が溢れる春の森で 葉の無い一本の枯れた木を 澄んだ目を輝かせて 少年は見上げていた 少年は待っていた 新芽の誕生を待っていた 227 少年は信じていた 新芽の誕生を信じていた 友達はみんな大人になって 笑顔で子供と遊んでる 少年はずっと木を見上げて 笑顔で新芽を待っている 「声が聞こえたんだ」 少年は笑顔で答えるそうだ 周りの大人が心配して 「無駄だよ」と教えても 少年は笑顔で答えるそうだ 228 「声が聞こえたんだ」 大丈夫だよね きっと大丈夫だよね 僕も待ってみるよ 君と一緒に待ってみるよ 僕も信じてみるよ 君と一緒に信じてみるよ 大丈夫だよね きっと芽が出るよね 二〇〇三年四月二十二日 229 闇に溶ける 長く暗いトンネルの中 光は既に遠い彼方 闇が私に忍び寄り 私の身体を包み込む 瞳孔は開き切り 私の身体を必死に探す 見えたような気がしたが 足が溶けて 手が溶けて 私の身体が消えていく 230 手を動かす あるような気がする 足に触れる あるような気がする 本当にあるのだろうか? 願望が作った幻覚だろうか? 分からない 確信が持てない この闇は私を奪う 231 私の現在を奪い 私の未来を奪い 私の過去さえも奪ってしまう この世の歴史に私は存在せず この世の誰も私を知らない 今まで私は生きていたのか? この世に私は存在したのか? この闇が確信を奪う 探さなければ 私を探さなければ 232 消えたくない 消えてしまうにはまだ早い 動かない 手が動かない 足が動かない 何もできない 全てが消えてしまう 消えたくない 消えたくない 消えたくない 233 …… … 二〇〇三年五月九日 234 蜘蛛の糸 ~芥川龍之介著「蜘蛛の糸」の御釈迦様へ~ 優しい優しい御釈迦様 有り難うございます 地獄で苦しむ僕のため 蜘蛛の糸を垂らしてくれて 有り難うございます だけど僕は上りません 僕は知っているのです 周りの人が上りたいこと 僕は知っているのです 235 だから僕は譲ります みんなに糸を譲ります たくさん上っていきますね どんどん上っていきますね みんなみんな頑張れ頑張れ 御釈迦様が待ってます みんなみんな頑張れ頑張れ 切れてしまったようですね 僕は知っていたのです 236 糸がすぐに切れること 僕は知っていたのです だからみんなに譲りました 落ちたら痛いですものね 優しい優しい御釈迦様 ずいぶん楽しそうですね 苦しむ僕らを見下ろして 莫迦な僕らを見下ろして ずいぶん楽しそうですね 237 優しい優しい御釈迦様 どうぞ散歩をお続けください 蓮の香漂う極楽で 澄ました顔でぶらぶらと どうぞ散歩をお続けください 歪んだ心でごめんなさい 二〇〇三年七月九日 238 老いた歌手の特別な歌 白髪も残り少なくなって ちょっと太った顔に皺がたくさん そんな君が置いた一枚のアルバム ターンテーブルの上で静かに回った 黒い円盤の細い溝から 懐かしいあの旋律が溢れ出した とても有名な歌だけど みんなが知ってる歌声ではない 君も歌っていたなんて 知ってる人は少ないよね 239 返したんだってね お気に入りだったはずなのに 一度もらった歌だから 返さなくても許されるのに 友が産んだ歌だから 歌いたい友が歌えるようにと… 廃盤になったんだってね 大切な君のアルバム 友の歌声は今も流れ 君の歌声はひっそり眠る 240 歌がみんなを一つにしていた あの頃の思い出を語る君は とても幸せそうで とても寂しそうで 「特別な歌なんだ」 そう呟く君の目から 涙が皺を伝って流れた 二〇〇三年八月二十五日 241 裸の金木犀 あの日 あの時 君は全てを剥ぎ取られ 北風の中 寒空の下 素肌を晒して立っていた 抱き締めたなら折れそうなほど 君の体はとても細くて 君の死を覚悟した 裸のままで冬を越し 春になっても裸のままで 242 初夏に君は囁いた 「私はまだ生きてます」 君の好きな秋が来て 橙色の髪飾り 君はまだ輝けるんだ! 秋が来るたび着飾って 魔法の香りで僕を捕らえた 今の君には魔法はなくて それでも僕は待っている 昔の君に戻れる時を 243 再び僕を狂わす時を 窓を開け 庭に佇む君を見る 君が贈った魅惑の香り 微かだけれど 僕に届いた 二〇〇三年十月八日 244 神経衰弱 裏返されたカードを見下ろし チェシャ猫の笑み 浮かべて座る 何が隠れているのかな? ハートのエース? スペードのエース? ジャックが隠れているのかな? クイーンが隠れているのかな? それともキングが隠れているかな? 捲るぞ 捲るぞ 隠しているから 覗いてやるんだ 245 あいつはどこにいたっけな? ハートのエースはどこだった? スペードのエースはどこだった? ジャックがここにいたような… クイーンがここにいたような… 確かキングはここにいたはず 捜すぞ 捜すぞ 隠れているもの 見付けてやるぞ 何が隠れているのかな? 何を隠しているのかな? 246 捲るぞ 捲るぞ 捜すぞ 捜すぞ 捲るぞ 捲るぞ 捲るぞ 捲るぞ 捜すぞ 捜すぞ 捜すぞ 捜すぞ 捲れ 捲れ 捲れ 捲れ 捜せ 捜せ 捜せ 捜せ 捜せ捜せ捜せ捜せ 捜せ捜せ捜せ捜せ 捲れ捲れ捲れ捲れ 捲れ捲れ捲れ捲れ あっ! 壊れちゃった あれ? ジョーカー? 二〇〇三年十二月一日 247 完全な自由 誰も私に求めるな 私も誰にも求めない それで私は自由になれる 何も私に求めるな 私も何も求めない それで私は自由になれる 君が立っているその場所に 私は立とうとしないから 私が立っているこの場所に 248 君も立とうとしないでくれ 君が歩くその道を 私は決して塞がないから 私が歩くこの道を 君も決して塞がないで なんてこった 求めてしまった 自由のために求めぬはずが 自由のために求めている 何も求めず求められず 249 それで誰もが自由になれる 完全な自由がもたらされる 分かっているが求めてしまう 誰かに何かを求めてしまう 誰かの自由を奪ってしまう 完全な自由 そんなものは存在しない ぶつかりながら世界は成り立つ 分かっているが想像してみた 人間だから自由を夢見て 250 人間だから自由になれる 誰も誰にも求めずに 誰も何も求めない 全ての欲が消える時 きっと誰もが自由になれる 完全な自由がもたらされる 完全な自由 求めているのか 求められて生きたい人々 251 完全な自由 求めているのか 求められて生きたい私 迷う私に誰かが囁く 求めぬことを求めぬから 求められても私は自由だ 君は自由に求めればいい 私は何も求めない だから私は自由でいられる 二〇〇四年十月四日 252 餌を捜して土を掘る 掘る 掘る 土を掘る 餌を捜して土を掘る 餌が無くても土を掘る 餌が出そうで土を掘る 東西南北飛び跳ねて 餌を捜して土を掘る 朝から晩まで飛び跳ねて 一口でもと土を掘る 掘る 掘る 土を掘る 253 餌を捜して土を掘る ライバル達も土を掘る ライバル達が先に掘る 飢えた体で飛び跳ねて 餌を捜して土を掘る 空っぽの胃で飛び跳ねて 一口でもと土を掘る 掘る 掘る 土を掘る 餌を捜して土を掘る 何処も彼処も土を掘る 254 朝から晩まで土を掘る このままずっと掘り続ける? 死ぬまでずっと掘り続ける? 掘る 掘る 土を掘る 餌を捜して土を掘る 餌が欲しくて掘り続ける 眠るのやめて掘り続ける 全てをやめて全てを忘れて 全てを捨てて掘り続ける 餌を捜して土を掘る 255 二〇〇四年十一月四日 256 小石の塔 僕はお庭で積み上げる ちっちゃな石を一つづつ 学校の先生が言ったんだ 「一番になったら御褒美あげる」 小石はたくさんあるけれど 他の子たちも一番目指す 小石をたくさん積み上げるけど 他の子たちは大きな石です 僕はお庭で積み上げる 257 ちっちゃな石を一つづつ 学校の先生が言ったんだ 「残念でした。最初から」 小石の塔は崩された 学校の先生に崩された 小石の塔は崩された 一番じゃないから御褒美ない あっちのお庭にこっちのお庭 あそこのお庭に向こうのお庭 お庭がたくさん並んでます 258 綺麗なお庭が並んでます 楽しいお庭が並んでます どのお庭にも小石がたくさん あっちのお庭でこっちのお庭で あそこのお庭で向こうのお庭で 僕はお庭で積み上げる ちっちゃな石を一つづつ 学校の先生が言ったんだ 「たくさん積んだら御褒美あげる」 259 小石をたくさん積んだけど 御褒美まではまだ足りない 小石をたくさん積んだけど 御褒美もらえず崩される 僕はお庭で積み上げる ちっちゃな石を一つづつ 僕はお庭で積み上げる 無駄な努力を一つづつ 二〇〇四年十一月四日 260 箱の中の観音様 小さな箱の中から微笑む 眩しい眩しい観音様 変幻自在の観音様 私を救って頂けませんか 貴方に心を奪われて 貴方が欲しくてたまりません 貴方の御姿は光り輝き 拝見する度に乱れます 私の心が乱れます 昨日の御姿 今日の御姿 261 先の御姿 今の御姿 どの御姿も光り輝き 私の心が乱れます 貴方は全てを御存じで 私の心も御存じで だから素直に求めます 私の傍に御出で下さい 私をそっと御包み下さい 私を縛る縄を解いて 貴方に触れる御許しを下さい 262 それで私は救われます 自由の喜び 知るでしょう 生きる喜び 知るでしょう 二〇〇五年六月十八日 263 上善如水、溢人如水 水をいっぱいくださいと 客に言われた店員が 客の前にグラスを置いて どんどんどんどん水を注ぐ どんどんどんどん水を注ぐ どんどんどんどん水を注ぐ どんどんどんどん水を注ぐ どんどんどんどん どんどんどんどん どんどんどんどん水を注ぐ 264 溢れ出した水は下へと テーブルへ落ち 床に落ち 低い方へと流れ行く どんどんどんどん 低い方へと低い方へと 下へ下へと下へ下へと どんどんどんどん落ちて行く 泥に塗れて 油に塗れて 尿に塗れて 糞に塗れて それでも水は清らかで 求める人がいつもいる 265 けれども決して飲まれない きらきら光ったあの世界から 溢れた君は流れのままに 背中を押されて 転がり続けて 一切合切 剥ぎ取られ 裸になって 転がり続けて 泥に塗れて 油に塗れて 尿に塗れて 糞に塗れて それでもちゃんと生きている 独りぼっちの部屋に帰ると 266 明かりもつけずにベッドに倒れ 枕に顔を埋めて呟く このままでいいのかな? どのくらい経っただろう 静かに起きて明かりをつけて グラスを手に取り蛇口をひねり 浄化された水を注いで 乾いた喉へと流し込む バスルームに立ち蛇口をひねり 浄化された水を降らせて 267 汗に塗れた身体を晒す 身体に触れた水は下へと 身体に沿って流れ落ち 排水溝へと流れ行く 低い方へと低い方へと どんどんどんどん流れ行く 低い方へと低い方へと どんどんどんどん流れ行く 二〇〇六年八月二十日 268 正義 正義と正義が戦って戦って 正義が勝てば正義が負ける 正義と正義は正義を信じて 正義と正義は正義を掲げる 正義が正義か正義でないか 正義を知るものだけが知る 正義と正義は正義に溺れて 正義が正義や正義で消える 正義の正義へ正義も正義も 正義よ正義さ正義ね正義や 269 正義に殺され正義は死んだ 二〇〇七年三月一二日 270 昼寝と親心 父は眠り 母は眠り その魂は 息子の所へ その魂は 娘の所へ 息子をそっと守ってる 娘をそっと守ってる 父は目覚め 母は目覚め 息子が帰り 娘が帰り いつもと変わらぬ夕暮れに いつもと変わらぬ笑顔が帰る 二〇〇七年六月一日 271 ごめんなさい あなたが電話をくれた時 助けられたかもしれないのに 僕は何もしなかった ごめんなさい あなたに会いに行ったなら 助けられたかもしれないのに 僕は会いに行かなかった ごめんなさい 272 僕はバカだ 僕はバカだ 僕が何もしなくても心配ないと思ってた 僕が何もしなくても助かるはずと思ってた 僕はバカだ 僕はバカだ 僕は何もしなかった あなたを助けようとしなかった あなたがくれた僕への愛 幼い僕への慈しみ 僕はちゃんと覚えてます 273 きっとずっと忘れない それなのに…… 感謝の言葉はもう遅い 僕はバカだ 僕はバカだ 僕は何もしなかった あなたを助けようとしなかった 僕はバカだ 僕はバカだ ごめんなさい ごめんなさい 二〇〇七年十二月二十八日 274